愛されたいのはお互い様で…。


「…今晩は」

「紫さん…少しご無沙汰でしたね」

「…はい、…仕事が…要領が悪いので毎日遅くなるばかりで。中々来れませんでした」

「それは要領が悪いとは違うでしょう。圧倒的に人手が足りて無いんじゃないですか?会社での一人の負担が大きいのではないですか?」

「どうなんでしょうか」

サービス残業に匹敵する…そんな仕事。ブラックな職場だと言ったら、そうなるのかも知れないけど。私的にはそう悲観的には思っていない。有り難い事に、会社の雰囲気が好きなんだと思う。

今夜お店を訪ねた時は、路地の先は真っ暗で、また存在しないんじゃ無いかと思ったくらいで、やっぱり怖い気がして、引き返そうかと思った。でも、ある程度近付くと、いきなりぱっと明るくなった。…あれかな。人感装置とかがどこかにあって、反応して照明が点くようになってるとか。じゃなきゃ、どこかで来客があるのを見て明かりを点けているって事になるけど…。
明るく照らし出された店舗のエリアは、以前と同じように森の中のような景色になり、私は安堵してドアを開けたのだった。


「この間、相談していた靴をちゃんとお願いしようと思って来ました」

「待ってましたよ。デザイン画をいくつか書いて、いつ来て頂けるのか、首を長くして待ってました。さあ、掛けてください、先にお茶をいれますから」

あ、…椅子を引いてくれ、バッグは横に置いてくれた。

「有難うございます」


「…どうぞ。足型を取らないといけませんね。今夜は時間、ありますか?」

「はい。そのつもりで来ました」

「スケッチブックを取って来ます。先に画を見てもらえますか?」

「はい」

お茶を出して工房に向かう後ろ姿は何だか心なしか、弾んでいるようにも見えた。
今夜は冷たいレモンティーだ…。甘酸っぱさとほんのりと苦味がある。疲れた身体に染み渡るようで美味しかった。
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