愛されたいのはお互い様で…。


タオルで足をしっかり拭きカーテンを開けて出ると、可愛らしいスリッパが置かれていた。

…モスグリーン。甲の部分に小さいはりねずみの刺繍がある。この色は、借りて帰ったレインシューズと同じ色。
伊住さんの好きな色なのかも知れない。

「紫さ~ん?こっちに来てもらえますか~?」

「あ、は〜い」

カーテンを開ける音が聞こえたのだろう。工房の方から声がした。

店の中央の、靴を展示している前を通り過ぎ、奥側にあるドアの前に立った。この中に居るのよね?ノックした。


「はい、入ってください」

ドアを開けて入ると、一気に革の匂いがした。
店舗の部分とはがらりと雰囲気が変わった。ここが工房…。
整然と並べられた道具。足首から下の足の型がある。種類によって違う革がそれぞれ棚に重ねて置かれていた。

「珍しい?」

入ったところできょろきょろと視線を巡らせていた。

「…あ、はい、すみません。こういった場所もですし、道具も何もかも…見た事が無くて。…見惚れてしまいました」

「ここに掛けてください。またじっくり見えますから。先に終わらせてしまいましょう」

「あ、はい」

示された方には、坐り心地の良さそうな手の込んだ贅沢な作りの椅子が一脚。横にオットマン。
そして、もう一脚、作業用の椅子があった。

高級応接セットの椅子みたい…身体に触れる部分、背中の当たるところ、座面はベルベットが張ってあった。深い色が綺麗だった。これはワインレッド…。
腰を下ろすと包み込むような柔らかさで少し沈んだ。…はぁ、座ってしまうと、動きたくなくなってしまうような…人を駄目にしてしまう椅子だ…。

「後ろに、深く背もたれに身を預けて、楽にしていて構いませんからね」

「はい、有難うございます」

高貴な人にでもなった気分…似非だけど。何だかドキドキしてきた。何からするんだろう。

< 35 / 151 >

この作品をシェア

pagetop