愛されたいのはお互い様で…。

これって…何…なんだろう。

外は小雨が降っていた。雨が降るかも知れない。そう思って持って来ていた傘だ。
入り口の傘立てに入れてあった傘を取る事も忘れ、そのまま歩き出した。
決して走らなかった。雨は関係無い。この場から走り出してしまったら、負けたような気がしたからだ。何も見ていない。気がつかなかった振りで歩いた。

務はあの女性と居た。この前ここで一緒だった人と来ていて、丁度、席に案内されたタイミングだったと思う。
席につく彼女の荷物を受け取り、空いた椅子に置いていた。
彼女は務の顔を見て、にこやかに笑ってお礼を言っていた。…務に向ける表情や口の動きから、そうだと思った。

…フ、フフ。…はぁ。一瞬だと思ったのに、私、よく見ている…見えているモノだ。

…はぁ、…。これは妄想では無い。見間違いでも無い。歩きながら携帯を取り出した。
きっと私は圧倒的に務に対する理解が足りてない…。

【お疲れ様!今日はやっぱり駄目だったよね?】

これでは…あの男にした事と変わらないような事をしている…。言い方は違っても、見たモノを確認しようとしている。

直ぐメールを返せる状況なんだろうか。そこは二人の中で暗黙の了解が出来ているのだろうか。
『メールが来てるから、仕事だって返しておくからね』って、…。

私という存在は、まだ手が切れていない、了承済みの…おつき合い。…なんてね。これは今のところ悪い妄想だ。

ブー、…、来た。務。

【ごめん、駄目な時は連絡しない方がいいかと思ってたからしなかった。もう、帰ってるのか?まだ会社に居るのか?】

これはまた、私の所在確認でしょうか…。安心してそこで過ごす為?

【会社にはもう居ないよ?今、帰ってるところ】

【そうか。じゃあ、遅くなってもっていうのも、行ったり来たりするし、もう面倒臭いか。また、次回って事にしよう】

【うん、また、だね】

切り返せ無いようにスパッと終わらされた感じ…。いいよ、引き返すよと私に言わせない。
帰っているって解ったら、遅くからでもいいんじゃないかなんて思ってくれないの?…。私、何時からだって全然面倒臭くなんかないよ?
今日が駄目だ、という事は解った。だから端から連絡はしなかった。また…駄目な理由は言わない。見て知っているのは私だけ。…前と同じ。仕事だって事だ。
そう理解してくれって事よね?

パラパラと人の傘に当たる雨音がしてきた。少し粒が大きくなったみたいだ。表示させたままの液晶の画面が滲んだ。

はぁ。直ぐに全身濡れてしまうだろう。こんな風に濡れて帰るのもいいかも知れない。また何も確認しないで、勝手に黒くなってる気持ち、少しは浄化してくれるかも知れない。

…はぁ、傘…。お気に入りだから取りに行かないとな…。誰か、店の帰りに、いいかって、差して帰ったりしないでよね…。


「紫さん」

「は、い?」

誰かが私を呼び止めた。
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