彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
待ち合わせをしたBarに着くと、カウンターに康史さんの姿を見つけて歩み寄る。
康史さんはまだ私に気が付いていない。

カウンターの中にいる見知った顔のバーテンダーと目が合った。
あのモヒートをサービスしてくれた人だ。
笑顔で会釈をした私に笑顔を見せつつ少し気まずそうな表情を浮かべている。

ああ、そういうことか。

康史さんの隣には若い女性が座っていた。
その顔に見覚えがある。
いつだったか、私に忠告と称して「蒼の遊び相手」だと言った女性だ。
しっかりしたメイクに胸元を強調したワンピース。艶々の髪に引き締まったウエスト。人目を引くような美人。
でも、康史さんの苛々したような声がちらっと耳に入る。


「康史さん、お待たせしました」
私はそのまま近づいて笑顔で康史さんに声をかけた。

「早希」
康史さんは少し驚いたような表情をして、隣にいた女性は私を見て表情を固くした。

私は女性にも微笑みながら声をかけた。
「こんばんは」

私が堂々と康史さんに声をかけたのがカチンときたらしい。
「あら、あなた、まだ蒼の近くをちょろちょろしていたのね。ねえ、蒼はあなたより私の方がお似合いだと思わない?」
女性は笑みを浮かべて私を睨んだ。

「いきなり失礼だろう」康史さんが低い声を出し立ち上がって彼女と私の間に入った。私を背中に庇うように前に立つ。

康史さん、ありがとう。でも私は今日からは退かないよ。

私は康史さんの背中から身体を出して康史さんの腕に自分の腕を絡ませた。
「いいえ、今夜ここで康史さんと約束をしていたのは私です。あなたは康史さんに何かお急ぎのご用が?」

にこやかに言い放つと女性の顔は更に強ばり、美しい顔はまるで般若のように変わった。

「なっ、何なのよ!あなたなんてたかが一時しのぎの遊び相手でしょ。そのうち捨てられるくせにっ。生意気よ。私を誰だと思っているの?」

「何を言っているんだ、君は」
それを聞いた康史さんが彼女に何か言おうとした。

そんな康史さんの腕をぐいっと引っ張って私に注意をひいて彼を押しとどめる。

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