彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
「お二人ともいい加減にして下さいよ」
苛ついて大きな声を出すと、秘書の佐伯さんがコーヒーのお替わりを持って入って来るところだった。

「どうかされました?」

「ああ、佐伯さんこれ見て」
社長が神田部長のスマホを指差した。
佐伯さんがスマホに顔を近付けてのぞき込むと、大きく目を見開いた。
「これって!」

社長と神田部長は佐伯さんに笑いかけた。

「副社長はこれをご覧になりました?」
佐伯さんは眉をひそめた。
「いや、見たら?って言ってもいやだって言うんだよね」
兄が告げ口をするような言い方をする。

「副社長、見ていないのなら、今すぐ見るべきですよ」
佐伯さんは俺の顔を真っ直ぐに見て言った。

え?佐伯さんの態度に何かを感じて、身を乗り出して神田部長のスマホを覗き込んだ。

え?
これは、早希だ。

小さな女の子と浴衣を着て映っている。
少し痩せているようだが、間違いない。早希だ。

「ちょっと失礼」
神田部長からスマホを奪い取り、他の写真を見る。
一体何枚あるんだ。

生まれたばかりの赤ちゃんと一緒に映っているか、先ほどの少女と一緒に映っている早希。
10枚もあった。
もしかしたら、最近撮られたものなのか。

「神田部長。これは一体どういうことですか」
静かに怒りがこみ上げてくる。
神田部長はずっと早希と連絡を取り合っていたって事じゃないか。

「早希さんに口止めされていたしね」
神田部長は悪びれる事なくすました顔をしている。

「俺が探していたのを知ってましたよね」
「うん。知ってましたね」
「じゃ、どうして」
「だから、早希さんに口止めされてたんですよ」

俺は拳を握りしめた。
早希はそんなに俺を拒絶しているのか。

「早希さんにも副社長にも頭を冷やす時間が必要だったでしょ」
神田部長は穏やかに言った。

「特に早希さんはご実家の事情があるようでしたし、副社長には過去の清算が」

うっと言葉に詰まった。

「そうそう、来週から行くTHですが、あそこには最近美人秘書がいると評判なんですよ。楽しみですね」

タヌキめ、話をはぐらかして何を言ってるんだ。
俺は早希にしか興味は無い。

「その話、今は関係ないですが」

「関係ないですか?」
タヌキはまたニヤニヤしはじめた。
兄も笑っている。
…まさか。

「早希はTHにいるんですかっ?」
「…お楽しみに」

兄ががばっと立ち上がった俺の腕をぎゅっとつかんだ。

「康史、落ち着け」

いや、居場所がわかったのなら今すぐに迎えに行く。
「離してくれ」
「いや、待て。康史、少し冷静になれ」
「副社長、そんな事ではまた早希さんに逃げられますよ」

社長とタヌキに止められた。
なぜ、また逃げられると?

「しっかり、外堀を埋めましょう」
タヌキはニコッと笑った。
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