彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
「THからの出向だけど、基本的に待遇は変わらないから心配しないで。副社長の秘書じゃなくて悪いけど。でも副社長とはプライベートで朝も夜も一緒にいるんだからいいよね」

「えっ、あ、いえ、まぁその、あのっ」
人事部長の前でなんてことを言うんだこの人は、と思わずへどもどしてしまう。

赤面しながらうろたえる私を気の毒に思ってくれたのか人事部長が苦笑しながら咳払いをした。

「神田さんそのくらいにして下さい。これから彼女を秘書室に連れて行くんですから。真っ赤な顔で連れて行ったら何事かと思われます。私が何かしたと疑われるのはさらに困ります」

「ああ、そうだね。ごめんね。秘書室でレクチャー受けたらすぐに戻って来てね。ホントは早希ちゃんにはレクチャーなんていらないいんだけどさ。役員秘書の即戦力として育てたんだから。来年には秘書室を牛耳ってたりして~」

タヌキはハハッと笑って行ってらっしゃいとばかりに手を振った。

は?
おい、タヌキ。
ここで勤めていた時に私がやっていた(やらされていた)部長のための資料作成や他部署への根回し、取引先への連絡や会食のお供。THコーポレーションでの社長秘書業務それは全てはこの今のこのためだったのかっ!!!!

全ては私を常務になった自分の秘書にするための・・・。
そしてまた、ほとんどの仕事を私に押し付けるつもりなんじゃないの!?

じとっとした視線をタヌキに向けると
「ヤダなー早希ちゃん。そんな顔しちゃ美人が台無しだよ。さあ早く秘書室に顔を出して、レクチャーだかお茶っぱーだかを済ませてここに戻って来て。もう書類がたまってて大変なんだよね、僕。それに今日は妻の誕生日だから早く帰りたいんだ」
とへらへらと笑った。

「何なんですか、お茶っぱーって。面白くもなんともありません。それに神田常務の奥様の誕生日は半年先です。今日ではありませんから早帰りは許しません。それとも、私が留守している間にあのきれいな奥様と離婚してさらに再婚なさった新しい奥様の誕生日が今日なんですか?」

「えー覚えてたんだ、うちの妻の誕生日」

「もちろんです。騙されたのは最初の1年だけですからね」

このタヌキには1年に3回くらい「妻の誕生日」があり、年に4回は「結婚記念日」がある。
いったい何人の妻がいるんだ!と激怒したことが一度や二度ではない。

実際は浮気などとは程遠いご夫婦で。若くして結婚した奥様がいてとても大事にしているそうなんだけどね。
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