彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
「もー、だから『タヌキの飼育係』って言われるのよ。バリキャリにならないまでももう少し仕事に真摯に向き合うっていうかさ、何て言うか、飼育係じゃなくて、とにかくしゃんとしてちょうだい!」
由衣子は美人で海外事業部でバリバリ働く自立した女性そのものって感じ。
対する私は由衣子の言う通り、決して頑張ってないわけじゃないけど、あまり仕事に身が入っていない女子社員で・・・。
『タヌキの飼育係』か…。
いい得て妙だ。
私の上司の神田部長。ふくよかな体型で顔もいかついというより着ぐるみのキャラクターのよう。
いつも和やかにしていて彼の下では皆伸び伸びと仕事が出来ると評判の上司だが、実際はすぐに仕事をサボろうとする困った人で私はいつも彼のために動き回っている。
そのくせ、しかっりと見るところは見ているし部員のミスもフォローも完璧。
社内で彼は密かに『タヌキ』と呼ばれている。
そして彼の下に就いて部長が仕事をサボらないように見張ったり、部長に頼まれた仕事をこなす私は『タヌキの飼育係』と呼ばれているのだ。
仕事はそんな感じで、プライベートは学生時代から付き合っている2つ上の稔とそろそろゴールインしてもいいかなと思っている。
でも、このご時世、さすがに寿退社など考えてはいないけど、責任ある仕事をしたいというよりは、そこそこ働いてキチンとお給料が欲しいという感じ。
私とは別の企業で働く稔もかなり忙しいらしくて、最近は会う時間が減ってきたり、電話連絡も少ないけれど私との未来のために頑張って働いてくれていると思えば我慢ができる。
仕事もプライベートもやや中途半端ではあるけれど、世の中みんながみんな全力で何かに打ち込んでいるわけじゃないからこれはこれでありだと思うわけだ。
「由衣子、そういえばこの間のカナダのお土産のお菓子すごく美味しかった。シロップがじわーっと染みてて生地にまでしっとり。つい食べ過ぎちゃった。カナダと言えばメープルシロップだよね、やっぱり」
「うん、ありきたりかと思ったんだけど、現地の駐在員に教えてもらったあれは別格だったから絶対早希も気にいると思ったのよね。喜んでくれてよかった」
由衣子がぱあっと華やかに微笑んで、途端に周囲の空気が変わる。
由衣子は私自慢の人目を引く超美人さんで、彼女の微笑みで近くにいた男性社員のつばを飲み込む音が聞こえてきそうだ。
本人は美人であることが武器であり、コンプレックスのようでもある。
なかなか人生は難しい。
ーーーそれにしても、
立食パーティーだからどこにいても自由なんだけど、次第に美人で華やかな由衣子に男性社員が話しかけてくるようになった。
1人、また1人と花に集まるミツバチのように。
由衣子と一緒にいると気を遣うように私に話しかけてくれる人もいるから、申し訳なくなって由衣子には化粧室に行くと小声で告げて歓談の輪からそっと離れた。