彼女の居場所 ~there is no sign 影も形もない~
どの位泣いていたのか。
私は呼吸を整えられる程度の精神状態にはなっていた。

コンコン
小さくドアがノックされ、静かにドアが開きこの部屋の持ち主の部長がそっと入ってきた。

『早希さん』

声を潜めて私を呼ぶ。
私は電気を点けていなかったから、この暗闇でどこにいるかわからないのだろう。

「・・・部長、ここです」
応接セットのソファの後ろからそっと声を出した。

「そこですか。わかりました。ほとんど見えないからデスクの予備ライトを点けてもいいかな?」
いつも通りの部長の声だった。

「はい」

「もうほとんど部員は帰りましたから、声を出しても誰にも何も聞かれませんよ」
デスクの予備ライトを点けながら私に言った。

「すみません、部長。お邪魔してます」
私は頭を下げた。

「いいんですよ。皆さんに使ってもらえてこの部屋も喜んでいるでしょうから」
ははっと笑った。

この神田部長は部長室があるのにほとんど使っていない。
部員とデスクを並べて一緒に仕事をしている。
おかげでこの部屋は他の用途に使われているのだ。
ここは別名「タヌキの巣穴」
応接室としてはもちろんだが部員の休憩室になったりこんな緊急避難先になったり。

「ところで、早希さん。さっき副社長が真っ青な顔をして早希さんを探しにフロアに来ましたけど」

私は息を呑んだ。

部長は持っていた冷えた水のボトルを1本私に手渡した。
「とりあえず、水分補給しましょうか」

私にソファーに座るように促して、自分も対面に腰を下ろした。

「副社長と何があったの?なんて聞かない方がいいですか?」

「はい。できれば……業務外の話ですし」

「そうですか。では我慢しましょう。
では、あともう一つ。早希さんは私に何か助けて欲しいことがありますか?」

部長は優し気な小さな目で私を真っ直ぐに見ている。

「あります、あります。部長。お願いがあります。助けてください」
私は即答した。

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