お見合い相手は、アノ声を知る人
実際は付き合いもないし、名前も分からないから何も出来なくて日が過ぎたんだけど、でも、引っ越した後もずっと気になってた。

同じフロアの人間から事情を聞かされてからは、もっと心配で堪らなかった」


「心配?」


「もしかすると自殺するんじゃないかと思ってた。あの夜の怯えようが、半端じゃなかったから」



「……小早川さん」


確かに尋常じゃないくらい怯えてた。
瞳を閉じても、山根さんの奥さんの足元に広がった血が消えなくてーー。


「ジジイは俺の言い訳なんてどうでもいいから来いと言って聞かないし、取り敢えず顔を見ておくかくらいの軽い気持ちで行ったんだ。

そしたら、そこに居たのは明里で、呑気そうに構えてるもんだから何だか拍子抜けしてさ…」


「私は別に呑気に構えてたりしてなかったよ。
あの時は、美術館に行ったらいきなり知人の孫と見合いしろとお祖父ちゃんが言ってきて、私を一人で待たせて逃げるんだもん。

ビックリしたけど拒否もできなくて、来たらどう言って断ろうかとばかり考えてたんだから」


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