a bedside short story
2nd.Aug. セミ
裏を向けた写真の束から、くじ引き的に今日の1枚を引く。
表に返して、すぐさままた裏返した。
そのまま枕の下に突っ込む。

今日の写真は、セミだった。
羽が透き通った色の……ミンミンゼミって言うんだったっけ。


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私は夏が嫌いだ。
暑いのが嫌い。
紫外線が嫌い。
紫外線のアレルギーで、強い日差しの下に出られない。
出るともれなく、唇とデコルテがただれる。

だから、デートも日が傾いてからになる。
夏の夜は長いけれど、お互い翌日はまた仕事。
「体質なんやから、仕方ないやん」
そう言って合わせてくれる“彼”に申し訳ないから、
だから、夏は嫌いだ。

土曜日の15時すぎ。
今日は曇りだったから、待ち合わせが少し早かった。
夕飯を食べるには早すぎるし、公園をのんびり歩きながら1週間のたわいない話を小さく交わす。

曇りとは言え、夏の温度と湿度はじりじりと体力を削ってくる。言葉が少なくなったと気づいたらしい“彼”が、浅い溜め息をついて私をベンチへといざなった。

何も言わなくても、すっぽり日陰が包むベンチを探してくれる。

「ありがとう」

小さく返して腰を下ろし、ほっと息をつく。
見上げれば、大きなけやきの木が空を覆い、やわらかい木洩れ日を私たちに投げ掛ける。

「大丈夫か?」

関西なまりのイントネーションが、隣からそっと届く。

「ごめんね」

同じ大きさの声で返すと、“彼”はきょとんとして首をかしげた。

「なんで謝るん?」
「気ばっかり遣わせてるから」
「おまえのほうが気にしすぎやで」
「だって夏好きでしょう?」
「……は?」

言っている意味が判らないと、“彼”は顔をしかめる。

「私と一緒だと、夏らしいこと全然できないじゃない。夕方から出てきてもらってるし、1日潰れちゃうでしょ? そうやって、1年の4分の1は融通利かせてもらってるもん」
「別にそんなん考えたこと無いわ。朝のうちに洗濯して掃除してって、家のことできるし」

気ぃ遣いすぎや。
念を押すように繰り返す“彼”に、逆接の台詞は飲み込んだ。

沈黙が、2人の間を包む。
その真ん前を、虫かごと虫捕りあみを抱えた男の子2人が駆け抜けていった。
兄弟だろうか。
一回り小さな後ろの子が追いつくのを、振り返りながら待つ前の男の子。2人とも汗でTシャツの色を変えているほどなのに、屈託無い笑顔で走っていく。
それまで気に留めていなかったけれど、頭上から蝉時雨が降り注ぐように音を大きくした。

「ええなあ、こういうの」

急に声を出した隣を見れば、同じように男の子たちを見ていた“彼”が私に向き直る。

「ええよなあ?」
「え? 兄弟仲良しってこと?」
「それはそうやけど、俺が言うとるのはちゃう。――子供らが元気で走り回っとって、それを俺たちが見守ってるっちゅうことや」

家族って感じせえへん?

そう言って笑った“彼”を、私は驚いて見返した。

「おまえは日陰に居っていいんやで? 俺が子供の面倒見て、夕方になったらみんなで手ぇ繋いで帰るんや。ええ考えやろ」

私は零れそうになった涙を隠すように、“彼”の胸に抱きついた。


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残り、あと29枚。

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