a bedside short story
3rd.Aug. 花火
一番上に重なっていた、花火の写真を今日は選んだ。
白黒の花火の写真は、殊更にノスタルジックだと思った。


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「もう知らない!」

私は肩を怒らせながら、人のまばらな神社のほうへ早歩きしていた。
祭りばやしや縁日の喧騒が、少しずつ遠くなる。
私の怒りのオーラを汲んで、近くの人たちは道を譲ってくれる。


なんなの!
なんなの!!
なんなの!!!
せっかく一緒に夏祭りって、楽しみにしてたのに!

お互い仕事が忙しくて、久しぶりのデート。
せっかくの季節を楽しもうと、夏祭りの浴衣デートに電話で決めた。
それ以来すっごくすっごく楽しみにして、気がついたら浴衣を新調していたほど。


それなのに。


始めは良かった。
楽しかった。
お互い見慣れない浴衣姿に、妙にテンションが上がって暇無く話し続けていた。
お祭りの雰囲気も手伝って、何でもないことに目一杯笑って、久々にお腹が痛くなった。
それくらい楽しかった。


でも、もともとお調子者の“彼”。
どんどん歩調は速くなって、いつの間にか私の視界に入るか否かの距離になっていた。
下駄の鼻緒に指が痛くなってきた私のことなんか、お構いなしだ。
自分は浴衣にスニーカーだし。

なんだかハラハラしながら追いかけるのもバカらしくなってきて、私は縁日が続くメインの通りを1人脇に逸れた。

きっと“彼”は気づいていない。
私が道を逸れたことも、
私の足が痛いことも、
私が怒っていることも、
私が、淋しいことも。


もうすぐ花火が始まる時間ということもあり、木が多い神社からは人の足が遠のいていく。
運良く空いていたベンチに腰掛け、竹バックから絆創膏を出して足の指に巻く。
ヒリヒリする痛みが、なんだか胸にまで響いてくる気がした。

「ばーか……」

小さく呟く。
空気に吸われたはずの独り言。
しかし、それに答える声があった。

「ホントだニャ」

ベンチの縁に、突如現れた黒ネコのぬいぐるみ。
ピョンピョンと跳ねながら、ホントだニャ、ばーかばーかと繰り返す。
声はとても、よく知るものだったけれど。

「アイツはバカだニャ。1人で舞い上がって、1人で空回って、彼女泣かせたら世話ニャいニャ」
「私、泣いてないよ?」
「見えてないだけニャ! 心が泣いてるニャ!」
「……それはそうかもね」

浅く息をつくと、黒ネコは私を覗き込むように近づいてきた。

「アイツは確かにバカだニャ。だけど今日のことメチャクチャ楽しみにしてたニャ。昨日は眠れなかったし、今日は腹痛だったニャ。だからお嬢さんがもう一回だけチャンスをくれたら、アイツも変わる気がするニャ!」
「でも、私だって楽しみにしてたんだよ? 久しぶりに一緒にいられるって」
「ごめんニャ……」

頬にすり寄ってくるぬいぐるみ。
今は見えないけれど、私の背中で、大真面目に操る“彼”がいるのかと思うと少し笑ってしまった。

「だからネコさん、“彼”に伝えて? 『私はふたりで一緒にいたいよ』って」
「判ったニャ。任せるニャ!」

そう言って黒ネコははけた。
代わりに、肩を落とした“彼”が、私の隣にゆっくりと座る。

「……ごめん」
「私もごめんなさい。大人げなかったね」
「なんかふたりきりって感覚が久しぶりで、舞い上がっちゃって。このネコのぬいぐるみが目に入って、『キミが好きそう』って思っちゃったら止まれなくて。でもそんなの言い訳だね。……淋しい思いさせて、ごめんね」
「今度は一緒にいてください」
「もちろん」

私の手をぎゅっと握る温かい手。
その時、ひとつめの花火が上がった。
木々の間を染める五色の光というのも、これはこれでオツな景色だと思う。

「花火を見るたびに、今日の反省を思い出すんだろうなあ」

苦笑した“彼”の呟き。
私は吹き出すように笑って、その肩にもたれた。


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残り、あと28枚。
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