ご令嬢は天才外科医から全力で逃げたい。
新聞の報道から、TVや週刊誌などが山科の黒い噂について加熱した大騒ぎとなっていった。

私は、以前のような生活を失い、大学院や病院での勤務を控える事に決めたのだった。

数か月後のニューヨークへの留学を目指して準備を始める。

英語をスカイプで学び、専門用語を身に着けようと海外の論文を読むなどして一日中を家で
過ごす日々だった。

慧の自宅マンションは静かで、ここへはマスコミが来る事はなく平和に過ごしていた。

数週間が経過したある週末の昼下がり。

「どうぞ、お入り下さい。」

大きな白い大理石の玄関に、7人分の靴が丁寧に揃えられていた。

グレーのセーターに、黒いズボンを身に着けた長身の男性は部屋への入室を促す。

緊張気味にリビングのドアを開け、一面が最上階の眺望が望める広いリビングへと入室した2人は
恐る恐る案内されたソファへと腰掛けた。

目を見張るような光景に、驚いたようにリビングを見渡した山科菫は慧を見上げた。

「素晴らしい眺めと、採光のお部屋ですね。
ピアノも真っ白い床に栄える白いグランドピアノなんて・・。センスの良さを感じるインテリアですわ。」

「有難うございます。山科邸と比べると格段に狭いですし、アンティークよりはスタイリッシュな雰囲気に近いインテリアなので・・・。些か落ち着かないかとは思いますが、気兼ねなくお使いいただければと思います。」

「そんな・・。何から何までお世話になってばかりで申し訳ないですわ。
流石に、ここまでしていただく訳にはいきませんわ。」

「お母様、中屋敷の家へはほとぼりが冷めてからじゃないと戻れないでしょう?
私達はもうすぐニューヨークに行くから、2年間は、ここを自由に使ってくれればいいって慧が言い張ってるのよ。」

着物を捨てて来た母は、白いシャツに黒いチノパンと言うラフな出で立ちでソファに座していた。

長かった髪も肩まで切り捨てて、スッキリした表情で幸せそうに微笑んでいた。

以前のような艶やかさとは程遠い雰囲気になり、氷の笑みではなく人間味のある表情を浮かべていた。

そこにリビングのドアを開けて海が顔を出す。

「聖人を寝室に運んだぞ。・・・菫さんと倉本さんの部屋は聖人の隣の部屋でいいのか?」

「ああ。夕方には引っ越し業者が搬入を済ませてくれるみたいだ。藤堂も、こちらで休んでくれ。」

静かにダイニングに用意された席に座し、私は用意してあった
ティーポットからお茶を入れて海の元へと運ぶ。

「美桜、有難う。・・紅茶、美味しいよ。」

海は嬉しそうに私と目を合わせて優しく微笑んだ。
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