これを愛と呼ばぬなら
「……でも僕は、あなたが来なければたぶんあのまま正気を失っていた」

 私に聞こえるか聞こえないかくらいの声でそういうと、新井さんはなぜか自嘲めいた笑みを浮かべた。

 新井さんが言うように、あの時の彼は普通の状態ではなかったように見えた。私が声をかけなければ、いつまでも雨の中立ち尽くしていたかもしれない。

「いったい……」

何があったんですか、と聞きかけて口を噤んだ。たぶん、ほぼ初対面の私が聞いていいような話ではない。

 不自然に言葉を飲み込んだ私を見て、新井さんはほんの少しだけ口元を歪めた。


「……あの日僕は振られたんです。長いこと付き合っていた恋人に」


< 23 / 83 >

この作品をシェア

pagetop