これを愛と呼ばぬなら
「ちょっと、離しなさいよ!」

「藤見さん落ち着いて」

 目を開けると、保育士数人がかりで、藤見さんを押さえ込んでいる。藤見さんは怒りが収まらない様子で喚き立てていた。

「潮月先生だいじょうぶ?」

「あ……」

 鈴木先生に肩を抱かれ、自分が震えていることに気がついた。

「とりあえず、休憩室行こう」

「……うん」

 鈴木先生に付き添われ、腰を上げる。視界に入ってきたのは、その場にいる人達の蔑むような視線だった。私を見て、こそこそ耳打ちをする人、汚らしいものでも見るような目で見る人、目を丸くしている子供達。騒ぎに驚いて泣き出している子もいる。

「あっ……」

 そして廊下の真ん中で、悠祐くんが大きな目に涙を溜め、私を睨み付けて肩を震わせていた。

「悠祐くん……」

「……こっち、来るな!」

 彼のことを、ひどく傷つけた。私に背を向け廊下を駆け出す小さな背中が、そう物語っていた。


 発表会は、なんとか予定通りに執り行われた。しかし私は担任として会に参加することは許されなかった。

 --私の言い分が園長や藤見さんに聞き入れられることはなく、騒ぎを起こした責任を取るという形で、私はこの日限りで園を退職することになった。

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