好きです、が浮かんでも
「佐々木さん」

「……はい」

「最優先で頑張って練習するから、時間をください」


勢いよく顔を上げる。


喉が、詰まった。泣きそうだった。


「迷惑なんかじゃないよ。昇段のお祝いにもしなくたっていい。もちろんそう言ってくれるのは嬉しいけど、お手本だけだと寂しいから、何か贈るね」


何がいいかなあ、と微笑む先生は、きっとお菓子をくれるだろう。

私は相変わらずお菓子が好きだから。


「佐々木さん」

「はい」

「俺の字が好きだって言ってくれて、ありがとう」


くしゃりと先生が笑った。


「もうほんと、すんごい嬉しい」

「っ……」


はい、とも、いいえ、とも言えなくて。


言葉に詰まったまま、甘い息苦しさに溺れながら何度も頷く。


好きです。好きです。


先生が、好きです。


でも。


——どれだけ好きです、が浮かんでも。


この恋は、叶わない。


隣で笑う先生から、ほのかなムスクの香りがした。


Fin.
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