職場恋愛
side 香織


今日はオープンからの出勤だからと思って張り切って休憩室に入った。

まず最初に目に入ったのは真新しいシフト表の束。

来月分のシフトが出たみたい。
さっそく私のシフトをチェックしてみると、時間が短い3連勤と4連勤がちょこちょこある感じで、珍しく楽なシフトだった。


私が気になったのは、逢坂さんのシフト。

誰よりも多く入ってるのが一目で分かる程、空欄が少なかった。

しかも朝から夜までのいわゆる『通し』がすごく多い。

労働基準法では1日8時間っていう決まりがあったはず。
それを全力で無視されたシフトはあまりにも酷いと思えた。


余計なお世話だと思ったけど、意を決して当の本人に伝えてみたら、なんかすごい他人事のようにあっけらかんとしていて驚いた。

こんなの倒れちゃうよ…。






國分さんに用があって、制服に着替えてから事務所に行くと店長代理と國分さんが激しく言い争っていた。



「こんな馬鹿みたいなシフトで回るわけがない。逢坂は割とすぐに体調を崩すんだからそれを考慮しないと家電はやっていけない」


「お前は逢坂を気にかけすぎだ。こんなシフトは本社じゃ当たり前だし、社員の体調まで気遣っていたらシフトなんて組めない」


「11連の間に単休でいいから入れてやれ。他の人間を極端に減らしすぎても反発されるだけだろう」


「ここは俺の現場だ。もう辞める人間には関係ない。これ以上の口出しはやめろ」


「俺はまだここのマネージャーなんだよ。威張るのはせめて来月からにしてくれ」



あの國分さんが逢坂さんをかばってる…?
どういう風の吹き回し?


「………お話中すみません」


すっごい入りにくいんだけど、入らないわけには行かなくて…。


「あ?見てわかんねーのか?お前の相手をしてる暇はない。消えろ」


店長代理が低い声を出して振り返る。


「す、すみません…」


「どうした、真鍋」


店長代理の言葉に萎縮していると、國分さんが近付いてきた。


この人、こんなに優しかったかな?
優しくいられると色々狂うんだけど…。



「あ、あの、来週、有給を取らせてもらえないかと思いまして…」


昨日書いた有給休暇許可申請書の紙を渡す。


「はっ。有給取るくらいなら辞めちまえ」


後ろから店長代理の暴言が聞こえて、恐怖で差し出した腕が震えてしまう。


「今月ならハンコ押せるけど、来月の分はあっちに言ってくれな」


「はい、今月の29日と30日なんですけど…」


「ん。分かった。えらい急だな」


「すみません…。実家がちょっと大変で」


「そうか。29,30な」


深くは聞かずに紙を受け取ってハンコを押してくれた國分さん。

なんかすっごい優しく感じるのは気のせい?


「家電は頭が悪い奴しかいないな」


店長代理が笑いながら家電の文句を言い始めた。


「ブスばっかだしよ〜。ここの人事部、センスなさすぎだろ」


「真鍋はもういいから」


この先の家電の未来を不安に思ってる中、怖くて、なかなか足が動かなかった私の肩をくるっと回してそっと背中を押してくれた國分さん。

………すっごいいい人じゃんか。


1度はすごく怒られて本当に怖くてたまらなかったけど、こんなに優しい人だったなんて誰も教えてくれなかった。

…誰も、知らなかったのかな。


事務所のドアが閉まる前に、また始まった2人の言い合い。

ドアが閉まっても聞こえるその声はどんどん大きくなって、物がぶつかり合うような激しい音まで聞こえ始めてしまった。


誰かに…知らせないと…。
止めてもらわないと…。

このまま大ごとになって店長代理までいなくなられたらまずい……。



私は走って休憩室へ向かった。

休憩室へ行く途中の階段で、楽しそうに話している島田さんと、見たことのない男の人を見つけて、大きな声で呼び止めた。


「島田さん!!」


「んぇ?真鍋ちゃん?どったの?」


全力疾走したから息が上がってしまって、うまく喋れない。

私の焦りようを見て島田さんの隣の男の人が顔色を変えた。


「落ち着いて。何があったの?」


初対面なのに背中をさすってくれる彼が一体誰なのかは今はどうでもいい。


「國分さんが」


「國分さんが?」


「店長代理と…」


「…………」


「け、喧嘩してて」


「事務所?」


「っはい…」


「分かった、ありがとう。しまはその子見ててあげて」


「え、え、了解っす!」


「はぁっ……はぁ……」


運動不足とここの広さと焦りにやられてなかなか息が整わない。


「…大丈夫?」


「……はい…はぁ……」


「殴り合いでもしてたの?」


「いえ……そんな派手なものではないんですけど………物がぶつかり合うような音とか…聞こえて」


「いい大人が何やってんだかねぇ」


「島田さんは…國分さんが、本当は優しい人だって知ってましたか?」


やっと息が整って、普通に喋れるようになった。


島田さんはあんまり賢くない。



「え?」



聞き返す島田さんに、私が何故國分さんを優しい人だと思ったのかを話した。

途中で私は泣いたけど、島田さんは面倒そうな顔はしないでいてくれた。


「へぇ。あの人優しかったんだ。俺は気付かなかった」


「私も、あんなに優しい人だとは思わなくて…。大っ嫌いって思ってました。……簡単に人の性格を決めつけてしまって…。そんな自分の浅はかさがもっと嫌いです」


「んー?真鍋ちゃんは真面目だねぇ。よしよし」


急に泣き出した私を、躊躇うことなく優しく抱きしめてくれる島田さんも、こんなに優しい人だとは思わなかった。


いつも何も考えてなさそうで、だけど明るくて、楽しそうで。


人は見かけによらないって言うのに、私はいつも決めつけてばかり。


こんなに、イイ人がいたなんて。
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