職場恋愛
13時を過ぎた頃、誰かの携帯が着信音を響かせた。



「みんなiPhoneだから音が一緒、誰だよ」


山野さんがぼやいた。


「俺だ」


まさかのぼやいた本人。
山野さん、しっかり。


「もしもし?」


スピーカーにして膝の上に置き、タバコを取り出した。
カチッと火をつけて話し出す。


『旅行中にごめんね〜森で〜す』


相変わらずのほほーんとした話し方。
てか、旅行中って知ってるんだ。
そりゃそうか。割と連休だし…。言わなくてもメンバー見ればバレるか。


「なんかあった?」

『うん〜。店長代理にサマーセールの売上報告書を見せてくれって頼まれたんだけど〜。データが見つからなくてね〜。高木ちゃん、何回電話しても出てくれなくて〜』


のんびりとした口調ではあるけど、多少の焦りを感じる。
店長代理って聞くだけでドキッとしてしまう。
ついに携帯コーナーにも手を出そうって?
本当にやめてほしい。


「報告ってとこにない?」

『ないんだよね〜。題名が分かんないから片っ端から開けて探してるんだけど〜。見つからなくて電話しちゃった〜ごめんね〜』


語尾を伸ばして落ち着かせようとしているのかな、結構焦っているのが伝わってきた。


「………ビデオできる?画面写して」


山野さんは少し考えてからビデオ通話に切り替えた。


『見えるかな?』

「見える」


画面をじっと見つめてファイルを探している。
車の中はさっきのような騒がしさはなく、仕事場のような緊張感が漂っていた。


「……本気でないじゃん」

『やっぱり?高木ちゃんしか分かんないのかな…』


はぁ?とか、は?とか、え?とか、困惑した様子の山野さん。
大丈夫かな…。


「俺の開いてみて」

『分かった〜』


カチカチとタイピング音だけが聞こえて、妙に緊張する。


「夏ってファイルあるだろ?」

『ある』

「そこになければ見当もつかない」

『……………あっ、これ!?これだよね?』


急に携帯の画面が激しく揺れてパソコンの画面が映った。


「おー、それそれ」

『ありがとう!本当に助かった!命拾いしたよ〜。さすがだよねぇ。高木ちゃんが作った資料までコピーしてるなんて!しっかり者〜!クゥ〜!』


テンションが上がったらしい森さんが褒めちぎる。


「はいはい。じゃあ頑張って。よろしく」


そんな森さんに苦笑する山野さん。


『本当にありがとうね〜!旅行楽しんで〜』

「あーい」


こうして緊張の糸が解れた。


「高木ちゃん、今日早番じゃなかったっけ?なんでいないの?」

「確かに〜。俺らが休む4日間、全部早番だった気がする」


りんちゃんさんとつり目さんが顔をしかめる。


「寝坊だろ」

「寝すぎじゃない?」

「お前だって休みの日は15時まで寝てんだろ」

「あ、そっか」


こんな時まで夫婦漫才を繰り広げるなんて。
素敵です。


高木さん、優しいけど、ちょっと抜けてるからなぁ…。
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