恋に涙を花にはキスを【コミカライズ連載中】
あれっ?
居ない。
全然こっちを気にもしてない横顔でも、むしろ後頭部だけでも見たかったのに。
まあ、つまりは。
居てくれる、という安心感が欲しかっただけなのだけど。
急に心許なさを覚えたけれど、目線で彼を探す暇もない。
「一花ちゃん酒進んでないだろ! 遠慮せずに飲みなって」
「ひやっ?!」
いきなり、ぎゅっと真横から肩を抱き寄せられた。
さっきから触って欲しそうにしてた腕自慢のオジサンだ。
近い近い近い近い!!
無理矢理口角を引き上げて、笑ってなんとか牽制してやろうとした時だ。
「お疲れさまです、竹中さん」
すぐ真後ろから、東屋さんの声がした。
いつのまにか真後ろに回ってきていたらしい、振り仰ぐと東屋さんがそこに立っていて、同時に私の肩に回った手が緩んだ。
その隙に逃げるように身体を横にずらすと、その間に東屋さんが腰を下ろして胡坐を掻く。
「おお、東屋久しぶりだな」
「業者会では何度かお会いするのに、中々機会がありませんで。っていうか、うちの新人揶揄って遊ばないでくださいよ、怖がって出社してこなくなったらどうすんですか」
「別にいじめてないだろ、なあ一花ちゃん」
「え、あ。はい、楽しくお話しさせてもらってます」
「筋肉触る?」
「それは……遠慮しときます」
どうやら、職人さんの中の何人かは顔見知りのようで、随分と初めから砕けた雰囲気で話し、あっという間に輪の中に混じり込んでしまった。
え、と。
もしかして。
余りにも自然に馴染んでしまったから、ただの偶然のタイミングだったのかもしれないけれど。
助けに入って、くれたのかな。
話に耳を傾けながら愛想笑いを浮かべつつも、ほっと一息吐けた。
だけど、このまま東屋さんの背中に隠れてじっとしているわけにもいかない。