恋に涙を花にはキスを【コミカライズ連載中】
筋肉オジサンたちのお相手を東屋さんがしてくれている間に、少し息抜きに抜け出したかったけれど、それも気が引ける。
というか、一度気を抜いたら戻る気力が萎えそう。
更に、にやにやと面白そうに私を見て笑う足立さんに「おつかれさん」と話しかけられ、そうもいかなくなった。
「え、なんでそんなに笑うんですか」
「いやいや。絡み酒で悪いなあ。普段若い女の子に接する機会少ないから舞い上がってんだな」
足立さん含めスーツの人たちは、比較的に静かな雰囲気でお酒と会話を楽しんでいる様子だ。
その中に当然田倉さんも居た。
ここでは特に絡んでくることもなかったのに、急に立ち上がってテーブルを回ってこちらに歩いて来たから、一瞬警戒したけれど。
「一花ちゃん、そんな気遣ってお酌しなくていいよ。別に手酌で飲めるんだからさ」
「あ、ありがとうございます」
私の後ろの襖から、トイレにでも行くついでのような素振りで私の肩をぽんと叩く。
その手から、ぽと、と何かが落ちて来て反射的に掌が受け止める。
四角に折られた紙切れだ。
内側に何か書かれていることに気づくと同時に、擦れた小さな声で早口の耳打ちを聞く。
『ひとりでおいで。
いくら上に取り入ったって、仕事握ってんのは僕だよ』
小さくても有無を言わさない断定的な声音に、私は声を出すことも振り向くことも出来ないで、襖の音で田倉さんが座敷の外に出たことを知った。
頭が、上手く働かない。
自分が今、何をどういう意味で言われたのか理解はしてるけれど、信じたくないからつい頭が別の意味を探して、そしてやっぱりそんなものはないと理解する。
折りたたまれた紙の内側には、20:30と、時間だけが書かれていた。
今から約、三十分後だ。