恋に涙を花にはキスを【コミカライズ連載中】
自分が激しく動揺してるのが、よくわかった。
そのまま挨拶もなく糸ちゃんに背を向けたのは、わざとじゃない。


早く行かなくちゃと気が逸って、だけどどこに行きたいのかわからない。
給湯室に行きたいのか、それとも早く飲み会に向かって、今すぐここから逃げ出したいのか。


帰り支度をしようとデスクに戻れば、まだぱらぱらと人が残っていて、その中で柳原さんが私に気付いた。



「一花さん!さよが来てるわよ」

「はい。挨拶だけしたいんですが……」

「部長がまだ仕事がかかるみたいで、待つ間に久々にコーヒー淹れたいって給湯室に行ったんだけどね」


そこで柳原さんは言葉を区切り、ぷぷ、と口元を抑えて笑った。
私は意味がわからず首を傾げる。


「その後、東屋くんが帰って来てね。さよが来てるって教える前に、すたすた給湯室に向かったから今頃狼狽えてんじゃない? 一花さんが居るはずなのに、って」

「……あ。そうなんですか」



すっ、と気が抜けた。


そうなんだ、西原さんを追っかけていったんじゃないんだ。
少しほっとして、酷く狼狽えていた自分が恥ずかしくなる。


そうだ、糸ちゃんが変な言い方するから。
あれって、もしかしてわざとかな。


なんか私が勘違いするようにわざと言われた気がする。



「じゃ、ちょっと寄ってからお先に失礼します」



バッグを手に、気を取り直して給湯室に向かう。
半分ほど開いたままになっている、引戸から確かに東屋さんの今日のスーツの色が見えた。


声をかけようと近づいて、スーツから目線を上げれば見えた東屋さんの横顔。


まだ数歩距離がある。
そこで私の足は止まった。


ひら、ひらと。
花びらの幻を見た気がして。

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