リト・ノート
帰り際、こないだ話したやつ読む?と羽鳥が棚から科学系の本を取った。そうやってお互いの本を貸し借りすることもいつの間にか普通になっていた。
「次は、話せるようになった時だね」
美雨の言葉に、羽鳥は「ん」とあいまいに答える。自信はそれほどなさそうだ。
そのまま部屋を出ようとドアに手をかけた美雨の腕を羽鳥が急に掴んだ。
びっくりして目を上げると、なぜか羽鳥自身も驚いたような顔で「あー、俺も一応、リトと話しときたいと思って」と言う。
「うん、そうだね」と答えたものの、そのまま引っ張るようにしっかりつながれた手に戸惑う。
リトともう少しだけ話し、羽鳥に「道わかんないだろ?」と聞かれても「大丈夫」と嘘をつき、迷いながらなんとか1人で家にたどり着いた。
リトを連れて行った一部始終を美雨はノートに書き起こした。
しゃべらないほうのリトに悪かったかなと思いつつ、おそらくどこでも気にしないだろうとも感じる。
とにかくリトを預けてしまえば羽鳥が美雨のうちに来る必要がなくなる。それが大事なことだ。でも自分の心から逃げた自覚はあり、思ったほどには気が晴れなかった。
羽鳥が話せるようになったら沙織にも声をかけて3人で話してみる。羽鳥がしばらく話せないならとりあえず距離を置いて落ち着いてみる。
どちらを望んでいるのか、美雨自身にもはっきりしなかった。
やりたいことをやれってリトはいつも簡単に言うけど、何をやりたいかなんてよくわからないんだよ。美雨は八つ当たり気味にリトを睨もうとして、あ、いないんだ、とリトのために透明なプラスチックの蝶を刺した壁を見つめた。