リト・ノート
「高校行ったら、彼氏作ろうね」
急に真顔で沙織が言うから笑ってしまった。
彼氏なんて沙織がその気になればすぐにできるだろう。でも寒空の下ゴミ箱片手にした美雨になぜ今急に言うのだろう、と場違いな気合いに笑いが止まらなくなる。
「かっこよくて優しくて、私のことが大好きって言ってくれる人にする。付き合うなら同じ学校の人が良くない? だから、受験頑張ろうね」
沙織はわかっている。美雨が本当はどうしたいか。こういう時の沙織には、ちゃんと言葉を尽くしたいと思っている。
美雨も真顔になって、沙織の顔を見て言う。
「私ね、見てたいなって思うの。近くで」
うん、と沙織が頷いた。
その瞬間をはかったように、角から羽鳥が曲がってきた。他の男子と一緒で「よう」とだけ言ってすれ違う。
そのまま角を曲がったところで美雨は自然と立ち止まった。手にしていたゴミ箱を「持ってっとくね」とためらいなくとりあげ、沙織が軽く微笑んだ。
今だ、今しかないと思い立って振り返って角を曲がった。
「羽鳥!」
後ろ姿に声を掛けて、走って追いつく。勢い込んだ美雨の様子に気づいたのか、一緒にいた男子が「俺、先に行ってるな」と声をかけ「いいなぁ、モテる奴は」と呟きながら去っていく。
「なんかあった?」とどう受け止めていいかいぶかるような羽鳥の様子に緊張しつつ、美雨は決意を込めて強く言い切った。
「私ね、女子校も受けるけど受かったら大山に行く」
羽鳥が息を呑んだのがわかった。それから息を吐くように意地悪を言う。
「女子校が滑り止め? 強気だな」
「他にも受けるよ。今度は全落ちってわけにいかないし」
「怖いこと言うなよ。腹、痛くなっても頑張れよ」
「うん、練習通りやってみる」
羽鳥が口角を上げてから、誤魔化すように憎まれ口をきく。
「心から望むならなんだって叶えてやるってさ。やるのはこっちだって言うのに偉そうに」
でも懐かしい友達を語る口調だ。
美雨はただ、微笑んだ。慌てて何かを言う必要はない気がした。