ワケあって本日より、住み込みで花嫁修業することになりました。
「どうしよう……」

立ち上がり書斎に向かおうとしたものの、途中で足が止まる。今行っても、口を利いてくれるわけない、よね。


引き返し再びリビングのソファに腰掛けた。そして見つめる先にあるのは、綾瀬さんに買ってもらったレモンティー。

数日前に買ってもらったものを、飲まずに大切にとってある時点で謙信くんに私の気持ちなんて、バレバレだったのかも。

自分の気持ちを誤魔化して逃げているだけだって。


でも仕方ないじゃない。やっぱり怖いもの。昔の友達や悪口を言っていた先輩ばかりじゃないってわかっているけれど、それでも怖い。

仲良くなれたとしても、嫌われてしまったら? 幻滅されてしまったら? さっきの謙信くんみたいに、拒絶されてしまったら?


想像するだけで怖い。……でもこんな私、誰よりも私が一番嫌い。逃げたくせにウジウジ悩む自分なんて、謙信くんに嫌われて当然だよ。


そう思っているのに、勇気を出せない。変わりたい、人と普通に話せるようになりたいって思いはあるのに、昔となにも変われない。臆病になってしまうよ。


この日の夜、私が寝室に入るまで、謙信くんが書斎から出てくることはなかった。
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