ワケあって本日より、住み込みで花嫁修業することになりました。
謙信くんの名前にドキッとしてしまうも、平常心を装い尋ねると彼女は大きな溜息を漏らした。

「それがさ、最近廊下ですれ違うたびに、なぜか専務に見られている気がして」

「見られている……ですか?」

思わず聞き返すと、沙穂さんは頷いた。

「そうなの。見られているっていうか、睨まれているっていうか……。なにも言われてはいないんだけど、気になっちゃって。すみれちゃん、専務と仲良いんだよね? なにか聞いていないかな?」

「特には……」

答えると沙穂さんはガックリ肩を落とした。

「そうだよね、ごめんね変なこと聞いたりして。もしかしたら私の勘違いかも」

「いいえ! ……えっと、もしなにか聞いたらすぐにお話しますね」

「本当? 助かるー。ありがとう!」

笑顔でお礼を言われ胸がチクリと痛む。

だってもしかしたらそれは、気のせいなんかじゃないかもしれないから。

私が家で沙穂さんのことばかり話しているから謙信くん、苛々しているのかも。

そう思うと沙穂さんに申し訳なくて、これから謙信くんに沙穂さんの話をすることを控えようと心に誓った。
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