クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
つい呼び止めた私を、駅のほうへ行きかけていた彼が振り返った。


「…はい?」

「あっ、あの…」


私はもらったペンを両手で握りしめ、口ごもった。


「あの、行ってらっしゃい」


有馬さんはいつも手ぶらなので、とても通勤中とは思えず、今も、ちょっとそこまで、という雰囲気にしか見えない。

身体半分が日なたに出た状態で、彼がまぶしそうに目を細め、ひょいと首をすくめるような仕草で会釈をした。

小さく笑うその瞳に、いつものいたずらっ子のような無邪気さはない。

条件反射的にぼんやりと手を振った私を見て、ようやく彼がふっと笑った。


「行ってきます」


引き留めてしまったせいだろう、軽く駆けながら跨線橋に続く階段を目指す。

朝の会の歌声を背後に聞きながら、その背中を見送った。

がんばってください、有馬さん。

きっと今、心の中でいろいろな思いがせめぎ合って、葛藤が生まれていると思うんですけど。

負けないでください。

自信を持って。

律己くんの父親は、あなたです。


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