クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
緊張に満ちた沈黙が、私たちの間に降りる。やがて有馬さんは慎重に聞いた。


「…あんたは」

「安斉(あんざい)といいます。あなたのお姉さんの…初音(はつね)さんの」


男性は言いにくそうに言葉を切り、一度こくりと喉を鳴らして、ためらいがちに続きを言った。


「夫です」

「よく言えたなあ?」

「申し訳ありません、事情があるんです」


一歩、有馬さんが彼に詰め寄ったので、私はひやっとした。けれど有馬さんは、状況からしたら驚くほど冷静で、じっと安斉さんの顔を見つめ、「事情ね」とゆっくり繰り返した。


「ここじゃ迷惑になる。日を改めましょう」

「もちろんです、無理にお邪魔するつもりは」

「名前を知ってるってことは、俺の携帯の番号あたりも調べ上げてんのかな」


安斉さんはぐっと唇を噛み、「すみません」と目を伏せた。

その様子を、しばし黙って観察し、有馬さんが手のひらを差し出す。


「あんたの名刺を」


その容赦ない要求に、応えが返るのには数瞬かかった。安斉さんが上着の内側から黒革の名刺入れを取り出し、一枚を有馬さんの手に載せた。

有馬さんがそれを顔の前に持っていき、しげしげと裏表を見つめ、なぜか、ふっと愉快そうに笑った。


「こりゃあ、仕事で出会いたくない名刺ですね」

「あの、いつ頃のお日にちでしたら」

「明日の日中にでも連絡ください。俺からはしないので」

「わかりました」


安斉さんが言い終えるのを待ちもせず、有馬さんは彼のそばを離れて園内に入り、後ろ手にガラスドアを閉めた。

もうこれ以上できることはないとわかったんだろう、安斉さんの姿が駅のほうへ向かったのが、ガラス越しに見える。

有馬さんはスニーカーを脱ぎながら、くすっと笑って名刺を私に見せた。
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