クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
「国税局ですって。どこで出会ったんですかね」

「有馬さん…」

「律己、奥の部屋ですか?」


名刺を無造作にジーンズの後ろにしまう様子に、今、ここでさっきのことについて話す気はないのだと悟った。


「はい、まだクラスのほうにいます」

「どうも」


にこっと微笑んで、廊下を進んでいく。

逆上して、殴りかかりでもしたらどうしようと思っていたのに。有馬さんは穏やかすぎるくらい穏やかだ。

それがかえって、彼の内心の煮えたぎるような思いを伝えてくるようで、心配になった。

安斉さんは有馬さんに、なにを言うつもりなんだろう。

なにが目的で彼らの前に現れたんだろう。

私がどんなに祈ったところで、律己くんと有馬さんの平穏が、これから多かれ少なかれ脅かされるのは、もうわかっている。

どうか、誰かが傷つく結果になりませんように。

無力と知りながら、願った。


* * *


二歳の女の子が、まだ慣れないトイレに座って真剣な顔をしているのを見守っているとき、玄関のほうで知った声がした。

「お世話様です」と園に入ってきたのは、有馬さんだ。ほかの保育士が対応しているのが聞こえてくる。

トイレの始末を済ませて廊下に出たときには、もう彼は律己くんを引き取って帰ってしまった後だった。

こんな調子で、会えそうで会えない日が続き、ようやくタイミングが噛み合ったのは、安斉さんと彼が顔を合わせてから一週間が過ぎていた。


「あ、律己を引き取りたいそうですよ」

「えっ…」


あくる朝、律己くんを保育室に送り込んでから、玄関ドアが閉まる直前に有馬さんを捕まえることができた。彼の口からさらっと飛び出した話に、ドアから半身を出した状態で、私は言葉を失ってしまった。
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