クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
「あの後、すぐ連絡があって。とりあえず電話でその意向だけは伝えたいと」

「でも、あの、お姉さんとは、いったいどういう」

「それ以上の話は聞いていないんです。電話でする話でもないと思いましたし」


スニーカーのかかとを人差し指で引っ張って、まるで普通の世間話みたいな調子で有馬さんが言う。


「えっ、有馬さんは、なんてお返事したんですか」

「そうですか、って」

「…それだけ?」

「『前向きに考えておきます』とでも約束しておくべきでしたかね?」


からかうように、ちょっと眉を上げてそんなことを言う。

ああ、と気がついた。

彼も、動揺しているんだ。軽く、笑いに紛らせるしかないくらい、今の事態を受け止めかねていて、混乱していて、葛藤している。

見つめる私に、彼がはっと笑いを消し、それから戸惑ったように視線を揺らし、表情を曇らせ、ふいと顔をそむけた。


「…会うセッティングをしているところです。向こうがなかなか忙しい上、昼間ちょっと抜け出す、みたいなことがしづらい職場みたいで、少し先にはなりそうですが。俺も考える時間が欲しいので、かえってちょうどいい」

「有馬さん…」

「母にはなにも言っていないので。万が一会うことがあっても、黙っていてもらえますか」

「もちろんです」


私が勝手になにか言うことなんて、絶対にありません。

思ったよりも意気込みが声に出てしまい、私が勇み立つことでもないのにと慌てて反省したところで、静かな視線に気がついた。

有馬さんが、じっと私を見ている。


「エリカ先生」


呟きみたいな呼びかけだった。


「…はい」


返事をしたものの、有馬さんはなにかを言うでもなく、どこか困っているような表情すら見せて、ただ立っている。
< 123 / 192 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop