クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
「手伝うわ」


母は背中を向けたまま、「あらそう?」と答える。


「なら着替えてらっしゃい」


今そうするところだったのよ、という子供じみた憎まれ口を飲み込み、私は再度、二階の私の部屋へ向かった。


母のような人たちが、いったいなにを一番大事にしているのか。聞いたらどう答えるのか、知りたいのだと思っていた。

どうやら少し違った。

"子供が一番大事"だと、誰かにそう言い切ってほしかっただけだ。

ううん、誰かじゃなくて、母に。

言おうと思えば言えたに違いない。その言葉を欲していない子供なんていないことくらい、さすがの彼女も知っていたはず。

だけど母は正直で、自分の自己愛の強さに気づいていたし、そのうえで大事なのは娘だけとうそぶくほど厚顔でもなく、また私が望まない部分ばかり敏いから、私がそんなうわべだけの言葉で満足する子供じゃないってことを、見抜いてもいた。


だけど残念なことにね、お母さん。

私は私やあなたが思うより、はるかに子供っぽく、幼稚で。

そんな陳腐で壮大な言葉を、ずっと待っていたの。

自分でも見えないほどの、心の奥の、底の底で。


欲しいとも言えずに、ただ待っていたの。


* * *


「今さら言ってほしいわけじゃないので、もういいんですけどね」

「一番って言葉も、難しいですよね」


有馬さんと私の吐く息が、夜の空気に散る。

年が変わってまだ二時間ほどの、小さな神社の境内。参道には出店が溢れ、そぞろ歩く老若男女の姿がある。

場所が発する神気のせいか、人々の会話はさざめきのようなひそやかさで、さわさわと行儀よく、誰もが特別な時を過ごしている。


「難しいです」


当時、私が望んでいたのは、"二番以下はいらない"という強い意味を含んだ言葉だ。いかにも子供らしい、潔癖な欲深さ。
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