クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
急な来訪を驚きながらも、母の装いには隙がなく、動きやすく現代的な服にほどよいメイク。きれいな奥さまの休日スタイルそのものだ。


「今日は一日おせちの準備よ。おだしのいい香りがするでしょう」

「そうね」

「エリカも手伝わない? あなたもいずれ母親になったら、家の味として娘に受け継いでちょうだいね」

「部屋に行ってくるわ」


ダイニングの椅子に腰を下ろしかけたのを、途中でやめた。

コートとバッグを取って廊下へ出た。父はもう二階へは上がらないので、リフォームも一階部分だけに施されており、ぴかぴかの廊下と使い込まれた階段の木の質感がはっきりと違う。

いつも、どうしてこんな険しい角度にしたんだろうと憂鬱だった階段を、一段一段上った。

上階には三部屋あり、右手のひとつが私の部屋だ。昔懐かしい丸いドアノブを捻り、ドアを開けた。

畳敷きの六畳間。高校生の頃の家具たち。捨ててもいいと思って残していったけれど、捨てる手間すらかけてもらえていない、雑貨や当時繰り返し読んだ本。

時が止まったその部屋は、記憶ほど陰鬱でもない。

とはいえ感銘を受けるほど劇的に別物に見えたわけでもない。

再び階下に降りると、母はキッチンで忙しそうにしていた。


「ねえ」

「なあに」

「私の部屋のカーテンって、どうしてグレーなの?」

「どういう意味?」

「女の子の部屋っていったら、白やピンクが多いじゃない」


蓮根を切る手を止めず、母が答える。


「外から見て、明らかに女の子の部屋だとわかるようなカーテンは危ないって、なにかで読んだのよ。狙われて、ベランダから忍び込まれたりするんですって」


包丁とまな板のぶつかる音。この家にこの音が響いていた記憶はないのに、なぜか懐かしさを覚える。


「グレーだと暗いかなとも思ったんだけど、危ないよりいいでしょう? あれでもね、何軒も回って、なるべくきれいなグレーの布を探したのよ」


私はしばらくの間、母がシンクとまな板とお鍋の間を行ったり来たりするのを、戸口に立ったまま眺めた。

それから自分の服装を見下ろし、モヘヤのニットにスカートという、実に家事に向かない恰好であるのを、面白くない気分で恥じた。

母の着ているブラウスは綿だ。火を使うときに化繊を着ない、と私は料理を覚えるより先に、呪文のように母から教わった。
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