クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~

仕事を終え、マンションに帰り着き、部屋の前まで来たとき、誰もいないはずの室内の明かりが漏れているのに気づいてぎょっとした。

朝は洗面所以外の電気はつけないので、消し忘れたはずはない。

音を立てないようそっと鍵を開けて玄関に入った瞬間、脱いであるパンプスを見て気分が落ち込んだ。


「お母さん?」

「あら、遅かったわね、いつもこんな時間なの?」


調理された食べ物の匂いが充満している。

部屋の中では母が、クリーナーや雑巾片手に忙しそうに立ち回っていた。


「やめてよ、勝手に」

「だって埃がすごいんだもの、掃除してるの?」

「言うほど酷くないでしょ、ほっといてよ」

「こういう汚れね、すぐ落ちる水が今あるから、買うといいわ」


そういう、できる主婦アピール、いいから。

私は留守中に無断で上がり込まれたことに、自分でも驚くほど腹が立っていた。


「ごはんできてるわよ、食べて」

「…どうも」

「冷蔵庫のジャム、カビてたから捨てといたわよ」


そんなとこまでチェックしたの?

という言葉を飲み込んだ。なにを言っても無駄だからだ。

母は私を保育園や学童に預けてフルタイムの仕事を続けた人で、私は人生のほとんどの夕食を、ひとりで食べてきた。

母は家事全般、やればできるけど好きじゃなく、それを恥じることもない。そんな彼女のおかげで、家族の揃う土日もほぼ外食だった。

数年前に父が糖尿で身体を壊すと、母は退職を余儀なくされた。せっかく積んだキャリアが壊れるのを嫌がるかと思いきや、彼女は嬉々として勤めを辞めた。

そして今度は、"必要に迫られて専業主婦に転じ、それを完璧にこなす元キャリアウーマン"の立場を楽しみ始めた。

うんざりする。
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