阿倍黎次は目立たない。(12/10更新)
俺の次に名を呼ばれた男子生徒は、席を立ち上がるとその名を口にした。

「瓜古躍士(ウリコ・ヤクジ)です。よろしく」

瓜古躍士。その名を知らないはずはなかった。昨年公開された映画で主役を務めるや否や一気に注目の的となった俳優、その名であった。

……それだけなら、まだ驚かない自信はあった。

しかしいざ蓋を開けてみると、小説家、サッカーのジュニアユースの日本代表、アイドル、大物政治家の2世など、世人の塊から飛び出た「光る」ヤツばかりだった。珍しいこともあるもんだ、と思う反面、ある種の恐れもあった。

中でもひときわ注目を集めていたのは、日野歌澄(ヒノ・カスミ)というモデルだ。とあるファッション誌の専属モデルで、バラエティ番組への露出も多い。男子からも女子からも人気が高かった。

そんな教室で、俺の高校生活は始まった。先程も言ったように初めから期待などしていなかったが、期待する余地を完全に奪われた形となった。これは後で知ったことだが、どうやらこの高校は昔から有名人、あるいはその卵が多く通うという謎の傾向があるらしく、何となく高校を決めた俺の無知が晒される結果にもなった。

そして初日は終了し、家のドアを開けた。変な緊張があったせいか、家に一歩踏み入れた瞬間に肩が重くなった。

「ただいま」
「おかえり、黎次」
「おかえりー」

母と、今年から中学生になる妹の大愛(ダイア)が出迎える。そして今日はそれ以降、特に何も変わったことはなかった。
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