マドンナリリーの花言葉
「……ドーレ男爵がパウラと逃げたあの日、彼女は遠くへ、ベルンハルトと逃げるはずだったんだ。その手はずを、ドーレ男爵が整えてくれた。しかし途中で事故に遭い、追ってきていた父の手のものによってパウラは連れ戻され男爵は捕まった。ベルンハルトとはそれから会えていない。おそらく、約束の時間に来なかったことをパウラの意思だと誤解してひとりでどこかへ行ってしまったのだろう」
「……それが、あの夜の真相なんですか?」
ディルクは動揺を隠せなかった。父に彼女への恋心があったかどうかは定かではないが、少なくとも不倫と言えるようなことはしていない。それも衝撃ではあったが、パウラ夫人の壮絶な過去のほうが驚きだった。
「そうだ。パウラはショックで記憶障害を起こしていたから、当時の状況を説明できるのは男爵しかいなかった。しかし男爵はどれほど尋問されても、ことの顛末を口にしなかった。だから彼が言わない以上は俺も言ってはいけないと思っていたんだ」
目を伏せながら唇を噛みしめたエーリヒは、「だが……」と無念そうに続けた。
「ドーレ男爵夫人が心中を図ったと聞いて、俺は後悔した。きっとドーレ男爵もそうだったんだろう。家族をそこまで傷つけたとは思わず、後悔の念を抱えたままの自殺だったのだと思う。……結局、パウラも救えず、君たちの一家も犠牲にしてしまった。俺は……もうどうすればいいかもわからず、そのままパウラの件からは手を引くことにしたんだ」
沈痛な面持ちで語るエーリヒは、己の無力を噛み締めるように大きなため息をつく。