マドンナリリーの花言葉
ディルクが顔をゆがめ、一番最初に剣を捨てた。フリードが、渋々と続く。
しかしクラウスだけは剣を置かなかった。アンドロシュ子爵が不満げに眉を吊り上げる。
「王子殿下? 聞こえなかったかな?」
「聞こえているよ。だが、彼女と俺の命を天秤にかけたら俺のほうが重い」
「クラウス様!」
叫ぶディルクに言い聞かせるようにクラウスが語った。
「悪いなディルク。だが軽んじられては困る。俺はこれでも一国の王子だ。たかだかひとりの娘の命と引き換えるわけにはいかないよ。彼女の命は、彼女を自分の命よりも大事だと思う人間が助けるべきだ」
クラウスはそう言って笑うと、ディルクが投げ捨てた短剣を足で蹴った。それはくるくる回りながらパウラの足元へと転がる。
「ふん。では力づくでやるしかないってわけだな。お前たち、いけっ」
アンドロシュ子爵の号令と同時に、剣士たちがとびかかってくる。
広い応接間は一気に戦場と化した。
クラウスはかかってくる剣士たちを短剣でいなし、フリードとディルクは、剣筋を見極めてよけ、懐に入って体術で彼らの足をもつれさせた。いくら広いと言っても室内だ。倒れた男は机を倒し、屋敷には騒音が響き渡る。
「ひっ」
子爵の手に力が入り、ローゼは拘束されたままじりじりと後退させられた。
「ここは危ない。逃げるぞ」
子爵はこの場を用心棒に任せ、逃げるつもりのようだ。ローゼは必死に抵抗しようとしたが、所詮女の力では敵わず引きずられる。涙はとめどなく流れ、口を押さえる子爵の手を濡らしていく。しかし一向に離してはくれず、ローゼは悲鳴ひとつあげられない。