マドンナリリーの花言葉
一方、亡くなったクレムラート伯爵はもともと女好きで、愛人を探せばキリがない。
彼が当主を務めた間に辞めたメイドのほとんどは彼のお手付きだったらしいという噂もある。
奥方はそんな当主に呆れるわけでもなく、嫉妬を相手の女性にばかり向けた。時に気まぐれに視察と偽って出かける夫を追いかけることもあったらしいので、伯爵は嘘の場所を告げることも多かったのだという。
周囲には北の別荘地へ行くと言いつつ、実際はドーレ男爵領にいたのもおそらくそのせいで、馬車の事故自体はまったくの偶然だろうと言われている。
当時ディルクは、フリードの遊び相手としてクレムラート伯爵邸に部屋を貰っていたので、両親の記憶はあいまいだ。けれど、不仲だった記憶はない。
ゾフィーの言葉を信じるならば、事故の責任はとらざるを得ないだろうが、爵位剥奪までされなくてもよかったのではないか?
ディルクの胸の内に沸いた疑念は、時が経つにつれて募っていった。
爵位など戻らなくてもかまわない。
ただ、自分がもう父を憎まなくてもよくなる。この手で殺したいと思ったほどの憎しみを捨てることができるかもしれない。
それで、ディルクはゾフィーに協力することを決めた。
毎月、同じころに墓を訪れ、つかの間男爵のふりをする。
ディルクはすぐに記憶が戻るのではと期待していたが、三年たった今でも、パウラ夫人には記憶が戻る兆候はなく、ただの徒労で終わっている。