マドンナリリーの花言葉
「お前がいつまでもひとりでいるからだ。心配しているんだ。あの事件のせいで……お前は誰かを愛することにも幻滅したんじゃないかと」
「たしかに異性の愛情というものは信じてはいませんね。でもあなたが心配なさることじゃない」
冷たく言ったが、いつまでも注がれるフリードのまなざしに、居心地が悪くなる。
「……とりあえずは成り行きを見守ります。別に男爵になりたいなどとは思っていませんが、どうせあなたは自分の意思を通すのでしょう? まずはあなたがやりたいようにやってみればいい」
仕方なく、妥協案としてそういうと、フリードは満足したように頷いた。
「お前は昔から俺のわがままに弱いな。……とっておきの一本を取って来てくれ、じっくりギュンター殿と話し合いたい」
「先にエミーリア様の口を塞いだほうがよろしいのでは。先ほども全然話が進まない様子でしたが」
「だからこそブランデーがいるんだよ。エミーリアは酒には弱い」
「……飲ませたことがあるんですか?」
「この間な。すぐ寝てしまった」
「なるほど」
主人の嬉しそうな顔からかんがみるに、その時のエミーリアは相当可愛らしかったのだろう。
なんだかんだと奥方にべたぼれなフリードにとっては、交渉時に彼女がいると気が散るのかもしれない。
「分かりました。協力しましょう。けれど、あの娘……ローゼはただの農家の娘です。ギュンター様がやたらに気にかけておられましたが、この屋敷から離すとなれば親御さんも心配されますし……」
「……分かっている。エミーリアも彼女を気に入っているようだし、屋敷から出す気はないよ。まずはギュンター殿の話を聞いてみないとな」
「分かりました。ではブランデーをもって応接室に参ります。軽食をナターリエに頼んでおきましょう」
「頼む。俺は先に行っているから」
フリードが広間を出たのを見送ってから、ディルクは厨房のほうへと向かった。途中ローゼの部屋の前を通ったが、かける言葉が思いつかず素通りする。
ただ、不安そうな顔だけが、脳裏にちらついて離れなかった。