唯少女論
彼女の手がアタシの手から離れていく。



「かりんなんて、似合わないでしょ」



今日はもう帰ろうか。



カバンにスケッチブックをしまいながら彼女は視線を合わせない。



「ううん。似合うよ」



「………そんなことない。だからこれからも、わもかって呼んでね」



「———わかった。そう言えば何で、わもか、なの?」



立ち上がるとアタシよりも少し背の低い彼女が上目遣いに見た。



「バラ科のカリンって植物の果実の生薬《しょうやく》名が、和木瓜《わもっか》なの。だから、わもか。格好悪いでしょ」



「そうかな? かわいいと思うよ。わもかも」



「ありがとう。かりんよりは私に似合うかなって」



「かりんちゃんも似合うよ。かわいい」



「もう。唯理さん、そればっかり」



「だってほんとうにそう思っているんだもん」



「はいはい。わかったからそろそろ、帰ろう?」



呆れて笑いながら薄暗い廊下を歩く。



「ねえ、わもかちゃん」



涼しかった美術室から出ると、そこには夏の夜が近付いていた。



「夏休みになったら、わもかちゃんの家に行っていい?」



「家? 夏休みだったらいいよ。隣の駅からちょっと歩いたところの喫茶店だから一緒に宿題やろうよ」



「わもかちゃんの家って喫茶店なの? オシャレなカフェ?」



「元々レトロな喫茶店だったのをお兄ちゃん太陽の光がいっぱい入ってくる古民家風カフェに去年改装したの。だから、オシャレだよ」



「ほんと? 楽しみだなぁ」



ほんとうは夏休みも彼女と過ごす穏やかな時間が続けばいいと思う下心だった。



そんなことを悟られまいと、いつもよりも明るい自分を装っていた。



「ねえ、唯理さん」



校門を出ると自転車を押しているアタシの前に彼女が歩み出た。



「今日はゆっくり、お家に帰ろう?」
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