唯少女論
「——きゃっ!」



突然、誰かに背中を強く押される。



歩き出した瞬間の私は唯理さんの胸にバランスを崩して飛び込んだ。



「わもかちゃん、大丈夫?」



唯理さんは何の苦もなく私を抱き止める。



「……ごめん。唯理さん——」



「うん。平気……」



彼女の声が耳元で響いた。



騒がしいはずの周囲が静まったように私の胸の鼓動が大きく脈打つ。



彼女に触れられた場所がひどく熱を持っている気がした。



そんな雑踏の静寂を打ち壊す声がする。



知らない男のヒトが二人、私達に話しかけていた。



彼らの言葉を上手く理解できなかったけれど、どうやら一緒に花火を見ようと誘っているらしい。



——女の子二人だけじゃさびしいよね?



私を抱きしめたままの唯理さんは語気を強めて言う。



「アンタらに用なんてないよ。邪魔すんな」



私の前では怒ったことすらなかった彼女の機嫌が悪いことだけはすぐに感じられた。



——女同士で何イチャついてんだよ。頭おかしいんじゃねえの?



口にしたくも、思い出したくもない言葉が私達に浴びせられた。



男のヒトが不快な思いだけを残して消えていく。



やっぱり、女同士って……



その思いだけが私の頭の中をめぐっていた。



「私達って、変なんですかね……?」



私を抱きしめたままの唯理さんからそっと離れる。



そんな私の手を彼女はきゅっと握って離さない。



「変なんかじゃないよ。……きっと」



いつも違う彼女の言葉が私の中で小さく降り積もる。



私達は、きっと変なんかじゃない。



二人で浴衣を着て、花火を見に来たことも。



横顔を見つめるたびに、手をつないで温もりを確かめるたびに、胸が苦しくなることも。



きっと変なんかじゃないんだ。



これはただ仲がいいだけのこと。



クラスメイトと変わらない。



部活の仲間と変わらない。



「そうですよね……」



だって私達はただの——



「友達……ですもんね」



その言葉を口にした瞬間、あんなにも暑かったはずの全身からすっと熱が失われていく。



「わもかちゃん……」



大きな音を立てた打ち上げ花火の光があっけなく消えていくみたいに、私の中の何かが光を失う。



「唯理さん——」



さっきまでの私は、熱にうなされていたのかもしれない。



「夏休みが終わるまで……付き合う話ですけど、やっぱりやめましょう」



「……え?」



彼女の手から私は逃げ出した。



「わもかちゃん、私のこと……嫌いになったの?」



「ごめんなさい……!」



そう残して私は走り出す。



言葉にできない気持ちと、伝えきれない心のざわつきが、ぽろぽろとこぼれ落ちていった。



あの時の想いは、今もあの場所においてきたままだ。


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