唯少女論
「いらっしゃいませ」


数日後の昼下がり、ドビュッシーの月の光が響き渡る店内。



高音のドアベルが鳴ると、私は反射的に入り口へ言葉を投げかけた。



「こんにちは。私のこと、覚えてるかな?」



そう言って微笑みかけたのは、私と唯理さんに浴衣を着付けくれたお姉さんだった。



「あ、はい! 覚えてます。来ていただけたんですね。ありがとうございます」



お姉さんの後ろから着付けてくれたもう一人のお姉さんと、メイクも服も完璧でモデルのようなお姉さんが現れた。



「すごーい! めっちゃオシャレなカフェだね! カニクリ、やるじゃん」



「梨世ちゃん、先にご挨拶して」



「あ、そっか。こんにちは、梨世です」



「改めまして、伊豆谷蜜希《いずたにみつき》です。イズちゃんって呼んでね」



「こちらこそよろしくお願いします。……桜木かりんです」



私が好きじゃなかった名前。



それでも彼女が似合うよと言ってくれた名前。



「でも、わもかって呼んでください」



「わかった。わもかちゃん、ね。私はカニクリ。変わったあだ名同士よろしくね」



「そうですね。よろしくお願いします」



と私は笑った。



それから彼女達が席について注文を終えると、



落ち着いてきた店内を見回した兄がそろそろ休憩するように促した。



「せっかくだからお邪魔させてもらったら?」



兄の提案に三人のお姉さん達は快く受け入れてくれた。



テーブルの上には私達では食べきれないくらいの料理が並んでいる。



兄が得意なパスタが三種類、大きめのピザが二種類。デミグラスソースがたっぷりかかったオムライスが四人分。



「わもかちゃんのおかげで晩ご飯はいらないかもね」



「……すみません。兄がいつも以上に張り切っちゃって」



「そんな気にすることないよ。三人で家にいるときはこれくらい食べるし」



「梨世ってさ、最近食べ過ぎじゃない? そんなんだと朋弥くんにフラレるよ」



「朋弥はちょっとお肉がついたほうが好きなんだって。それにジムだって行ってるから」



「どうですかねぇ。フラレても慰めてあげないから」



「イズちゃんがいるから平気ですよー」



「あ、あの……」



料理を口に運ぶよりも言い合いになってしまって焦る私の隣でイズちゃんさんが笑いながら二人を見ていた。



「今日も仲よしだねぇ。あ、わもかちゃん。私、食後のデザートはフルーツいっぱいのふわふわパンケーキが食べたいな」



「……はい、わかりました」



こういうことを仲がいいというんだろうか?



言いたいことを全部言い合える関係。



これが友達——親友だというなら、私と彼女は何だったのだろうか?


< 43 / 45 >

この作品をシェア

pagetop