唯少女論
次の朝はうまく眠れなくて、ぼんやりとしたままベッドを抜け出す。



——引っ越しても友達なのは変わらないでしょ?



カニクリさんの真っ直ぐに真実を指摘する瞳が、今の私には痛かった。



——自分に素直であれ。



わかっていた。



でも、わかろうと、理解しようとすることができない自分がもどかしかった。



「……どうにもできないんだよ」



頭で理解しても、心がわかってくれない。



そんな気持ち——



「もう……わけわかんないよ」



そう言いながらリビングに入ると、テレビを点《つ》けたままの兄がキッチンで朝ご飯を作っていた。



「おはよう、かりん。今日は早いな」



「うん……」



私はとりあえずの返事をしてテレビを見つめる。



台風が、近づいていた。



色黒のお天気お姉さんが台風の進路を説明している。



「台風、今日来るんだね……」



兄には聞こえなかったようで、私の独り言は朝ご飯を作る音にかき消された。



「凌兄、……ちょっと散歩してくるね」



「ん? 散歩? あんまり遅くなるなよ」



家を出て、少し歩くと海の音が聞こえる。



波が打ち寄せて、引いていく音。



夏の朝日が容赦なく私の肌を焦がす。



薄い雲が広がる青い空。



その先で大きく膨れ上がる夏の雲。



道端に咲く、ひまわり。



打ち捨てられた自転車。



晴れているのにどこからか流れてくる雨の気配。



台風が、来る。



その時が、近づいていた。


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