繋がる〜月の石の奇跡〜
すると、同時に向かいの部屋から人が出てきた。

目が合って、えみのことをじっと見つめている。

その人は、くしゃっと顔を崩して笑顔で笑いかけてくる。

その笑顔に、えみもつられて笑顔を見せる。
でも、やっぱりちゃんと笑えているかは謎だ。

「真田えみちゃんだよね?」

その男は話を掛けてきた。


「はい。」

屈託のない笑顔の彼に、えみは頷いた。

「僕、大谷海。南大医学部の4年。」

「は、はじめまして」
少し控えめにえみは会釈する。

「はじめまして・・・か・・」
ボソッと呟くと、優しい笑顔をして少しずつこちらへ向かってくる。

「これからどこかへ出かけるの?」

「はい。スーパーへ行こうかと。」
そう言い放って、えみはスタスタと歩き始める。

「僕もちょうど行こうと思ってたんだよね。一緒に行こうよ。」
大谷は、えみの後に続いて歩き始める。

見知らぬ人と話すのは得意ではないえみは、一緒になんて行きたくないと思っていた。

これといって返事を返すわけでもなく、そのまま歩き続けた。

「断られてもいくつもりだけどねー!」
無邪気な笑顔で言った。

「ねぇ。えみちゃんさー、しばらく見かけてなかったけど、どこか行ってたの?」
いかにもえみを知っているかのよに、大谷が話を振ってくる。

今日初めて会った人に、自分のことを詳しく話す気にも到底なれず、

「ちょっといろいろありまして、お休みしていました。」
えみは軽く濁した。

「ふーん。」
短く返事をして、詳しく追求してはこない。

大谷は、暫く一人で楽しそうに話していたが、えみは話半分にしか聞いていなかった。

どうしても男の人と楽しく話しをする気分にはなれていなかったのだ。

歩いて10分程経ち、スーパーに着く。

えみは、さっさとカゴを持ち、中へと入った。

大谷もその後ろにすかさず付いてくる。

えみは、今晩の夕飯のためのカレーの材料とサラダ、豆腐、納豆、フルーツ、牛乳、飲み物などをカゴにどんどん入れていく。

大谷は、何かを入れる様子もなく、えみの後に付いてくるだけだった。

暫くスーパーをうろうろしたが、やっぱり大谷のカゴの中身は空っぽだ。

「何も買わないんですか?」
えみは、ニコニコと笑顔の絶えない大谷に話しを振った。

「いや~何か買いたかったんだけど、忘れちゃってね。アイスでも買おうかな。」
大谷はアイスコーナーへ向かって行った。

えみは、大谷を待つわけでもなく、レジへ向かった。

すると、すぐ後ろに大谷もやってきた。

『この人、なんだか犬みたい。』

そんなことを考えなからレジで会計を済ました。

店の外を出ると、

「大谷せんぱーい!!!お疲れ様でーす!」
と二人組の女の子が明るい声で話し掛けてきた。

大谷は、
「おお!お疲れ!」
満面の笑顔で手を振り返していた。

「あの子たち、サークルの後輩なんだ。」

「そうですか。」
「どうでもいいです。」という口調でえみが言った。

少し早歩きで歩き始めると、突然持っていた荷物が軽くなった。

「僕が持つよ。」
変わらない笑顔で、大谷が微笑みかける。

一瞬、荷物を取り返そうかと考えたが、買いすぎた荷物が重かったので、そのまま持ってもらうことにした。

暫く歩いていると、
「えみちゃん、買いすぎだよ。これ重た過ぎ。」
笑いながら言った。

その姿がなんだか可笑しくて、えみは不本意にもくすくすと笑ってしまった。
でも、未だにうまく笑えているかは分からなかった。
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