幸田、内緒だからな!
 ここに私情を持ち込むのはダメだ。
 でも、しばらく時間を下さい。
 気持ちの整理をする時間を。

 
 早い時間に家に戻るのはここ数年で初めての事だった。
 母は仕事に出掛けている。
 わたしが就職し、学生時代のようにお金が要らなくなった事で、それまで正社員として働いていた仕事を辞めてパートをしている。
 パートと言っても朝9時から夕方4時までの勤務だ。
 長い事正社員で働いて来た母は、じっとしているのは性に合わないらしい。
 仕事を終えた母は、その足で買い物を済ませ、家に戻って来るのは5時過ぎ。
 わたしが帰る7時頃には、すっかり夕食の支度も出来ている。

 部屋のカーテンを閉めてベッドに横たわる。
 朝早くは小学生の声が響く道路も、今は静まり返っていた。

 静かに目を閉じる。
 思い浮かぶのは、彼女と直紀が寄り添い合って笑っている姿。

 似合ってたな、あのふたり。

 しばらくして、着信があった。
 社長が心配して掛けてくれているのかと画面を見ると、それはお父さんからだった。

「もしもし?」
『知花か?』
「社長と一緒じゃないの?」
『もう会社に戻った。それよりお前、体は大丈夫なのか?』
「社長に聞いたの?」
『ああ』
「そう」
『それで、大丈夫なのか?』
「うん大丈夫。今日、和服美人が来られてたでしょ」
『ああ、その人なら出掛ける時に一緒に車に乗せて、呉服屋の前で降ろしたよ』
「あの人みたいね、社長の縁談の相手」
『それは違うんじゃないか? 会長、縁談相手は呉服屋の娘とは言ってなかったぞ』
「えっ?」

 違う?
 あの人じゃないの?
 でも、結婚式場を決めてたじゃない。
 あんなに楽しそうに。

『お前まさか、それでショックを受けて……』
「うん、まあね」
『……お前、やっぱり社長と別れろ。今日みたいな事、これから何度もあるぞ。その度に早退するつもりか?』
「わかってる。だけど、それでもまだ彼と一緒にいたい」
『それがお前の答えか?』
「うん」
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