幸田、内緒だからな!
 そう言うと、父は帰って行った。
 本当は直紀の様子ももっと聞きたかった。
 あんなに毎日一緒にいたんだもん。
 直紀が寂しいって思ってくれているように、わたしも寂しいよ。


 お母さんから、毎日の家事はもちろんの事、お花、お茶、着付けなども習っている。
 着物を着る機会はあまりないかもしれないけど、帯で胃の辺りを締め付けられると、何だか吐きそうな衝動に駆られた。

 わたし、よく考えたら、毎月のものが来ていないんだよね。
 でも、まさかねぇ。
 環境の変化でちょっとリズムが壊れているだけ。
 そう思って見過ごそうと思っていた矢先、お母さんの前でまるでテレビドラマにあるようなシーン、口元を押さえてトイレに駆け込むと言うのをやってしまった。
 それは、修行1ヶ月目の事。

「うっ」
「知花さん、ちょっと大丈夫?」

 トイレに駆け込み吐くわたしの背中を優しく擦ってくれるお母さん。

「どうした?」

 そこへ会長もやって来た。

「あなたはあちらに行ってて下さい」

 ピシャリとそう言うお母さんに成すすべもなく引き下がる会長。
 確かに、こんな姿見られたくない。
 まるで二日酔いでトイレに直行した女みたいじゃないか。
 何なの、この気分の悪さは。

 しばらく経って、ムカつきがおさまったわたしは、お母さんに支えられながら、リビングのソファーに身を沈めた。
 向かいの席には新聞を読んでいる会長がいた。

「知花さん、あなたもしかして、妊娠してるんじゃない?」
「何! 妊娠?!」

 会長が新聞を下ろし、身を乗り出すようにわたしを見ている。
 もし妊娠していたら、会長から降ろせって言われるのかな。
 気持ちが沈んでいく。
 
「知花さん」
「えっ?」

 会長が、名前で呼んでくれた。
 今までずっと早瀬さんだったのに。

 
 
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