幸田、内緒だからな!
「あの、わたしこの子、産んでもいいんでしょうか?」
「何を言ってるんだね、知花さん。当たり前じゃないか」
「でも、でも会長は、わたし達の結婚に賛成ではありませんでしたよね? こうして花嫁修業をさせて頂いてても、認めて下さっているのかどうなのかはっきりお聞かせ頂いた事はございませんでしたよね?」
「わたしは、そういう事ははっきりとは言わないんだ。ダメだと思ったら、さっさと追い出していたさ」
「だから言ったでしょ? お父さんはあなたの事、認めていらしたのよ」
「それでは、縁談の話は?」
「あれは無かった事にする。まあ、あの子も良く出来た娘さんだったんだが、直紀はわたしがいくら薦めても会おうともしなかったしな」
「そうよ。直紀は知花さん一筋なのよ。お父さんがわたし一筋だったようにね」
「母さん」

 会長が、恥ずかしそうに頭を掻いている。
 病院で、お母さんが帰ったら面白い事が待ってるって行った。
 実は会長。
 無類の子ども好きらしい。
 近所の子どもにも会ったら自分から声を掛けたり遊んでやったりするほど。
 黙っている時は怖い感じの顔が、笑顔になると弾けるように変化する。
 その笑顔、わたしもさっき初めて見せてもらいました。

 縁談の話もなし。
 それからわたしの事を認めてくれた。
 って事は、わたし帰ってもいいって事?

「会長、わたし帰ってもいいんですか? 直紀さんに会ってもいいんですか?」
「帰るのは待ちなさい」
「えっ?」
「何ならずっとここにいるか?」
「はい?」
「ここなら母さんもいる。何かあっても心配ない」
「でも……」

 わたしは直紀に会いたいの。
 早く直紀に知らせたい。
 赤ちゃんが出来たよって知らせたい。

「あなた、知花さんは直紀に会いたいのよ。ねっ、そうでしょ?」
「はい」
「よし、母さん、いますぐ直紀を呼びなさい」
「そうね。知花さん、ちょっとあの子を驚かせましょう」
「驚かせる?」
「今から電話して、知花さんが怪我したって言うわ」


 それから20分もしないうちに、屋敷の前にファントムが停まった。
 来た。
 直紀、何よりも優先で来てくれたんだね。

 ところが、慌ててやって来たのは父だった。

「幸田さん?」
「知花、怪我って、どこを怪我したんだ。大丈夫なのか?」
「……」

 はっとしてわたしから離れる父。
 重い沈黙が続く。
< 30 / 35 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop