幸田、内緒だからな!
「社長から、お前には内緒にって口止めされていたんだが、今日のお前達を見ていたらこのまま黙っている事は出来ない」
「何なの?」

 彼がわたしに何か隠してる?
 嫌な予感しかしない。
 その先を聞くのは怖かったけど、このまま知らないでいるのはもっと嫌だ。

「会長、縁談の話をされていた」
「縁談って、社長の?」
「ああ」

 そんな……
 会長は、わたし達が付き合っている事をご存知ない。
 だから当然と言えば当然なんだけど。
 彼ももう35歳。
 今まで独身だった方が不思議なくらいだ。
 言い寄る女性はたくさんいる。
 なのに、彼に選ばれたのは何のとりえもないこのわたし。
 選ばれたと言っても、別に将来の約束をしたわけではなかった。

 もしかしたら、わたしはただの彼女で、結婚相手が見つかるまでの心と体を満たす為だけの相手なのだろうか。
 結婚したい女性が現れたら、その場で捨てられるのかもしれない。

「知花、わたしはお前が心配なんだ。こんな事を言う筋合いじゃない事はわかっている。だけどお前が大事だから、
幸せになってもらいたいから、知っていてもらいたいと思ったんだ」
「そうね。どう見ても、わたし達って釣り合わないわよね。彼は社長、わたしは母親と2人の貧乏暮らしだもんね」
「お前達、結婚の話はした事ないのか?」
「うん……」
「そうか」
「でもね、このまま付き合ってたら、いつかは一緒になれるかもって淡い期待はあったのよ。だけど、やっぱり無理なのね」

 現実を突きつけられた気がした。
 自分で言うのもなんだけど、秘書としては十分に社長の期待に答えられていると思う。
 彼女としても、彼から愛されている自信があった。
 だけど、結婚相手としては何の自信もない。

「まあ、そういう事だ。これ以上傷つきたくなかったら、社長とは別れた方がいい。それともその日が来るまでいままでの関係を続けるかだ。わたしにどうしろという権利はないのはわかっている。だけど、お前が可愛いんだ。離れて暮らしていてもな」

「……お父さん」

 幸田正男。
 母を裏切って若い女と出て行った男。
 どんなに恨んでいても、親子である事実はかわらない。

 
< 8 / 35 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop