ねぇ、顔を見せてよ

ねえ、顔を見せてよ

散々3人で飲んで話して
…時間はとっくに終電に間に合う時間は過ぎていた

オレはなんとなく複雑な気持ちのまま
山多と二人でタクシーに乗り込んだ

「なぁ山多…」

「はぃ…あの、もう忘れてください…」

二人きりになった途端
また、プルプル震えたハムスターに戻った山多
…違うのは眼鏡の前に暗幕がないことか

そこで…ふと、入社した頃の研修の事を思い出して
寄りたい場所ができた

「ここで止めてください」

タクシーを近くの路肩に停めてもらうとオレは山多の手を握って引っぱり降ろす

「ひっー、伏見くん?まだ家までありますよ距離…」

「黙ってついて来いよ」

二人で歩いていくと小さな池がある公園に辿り着く

「あ!コレ蓮?まだ残ってるんですね…秋近いのに」

山多は池までパタパタ歩き出す
ちょこまかと脚を動かすその姿は、やっぱりハムスターのようだ

「お前さ…そーいや入社してすぐの研修でさ?花を捻る話したろ?あれ、蓮の花じゃなかったか?」

「うん…でもよく覚えてたね伏見くん…さすがだなぁ」

山多は鞄をガサガサ漁ると青い羽根のペンを取り出し
右手に持って…キュッと捻って見せた

何も言わないただ、捻ってオレを見るだけ
吸い込まれそうなブルーグレーの瞳にキュッと胸が締め付けられた

「そう、そう、それ…今の今まで忘れてたけど…あの時、面白いなって思ったんだよ」

さっき突然思い出したが、入社直後の研修でマニュアル通りの自己紹介しか出来ないオレらの中で、そんな話を話し出したのはコイツくらいで…当時びっくりしたんだよ

頭は文句なく良いみたいだけど、変わってんなぁって
でも

(すげぇなぁって…)

「なんか、嬉しいな…あんな話…面白くないよねってあとでかなり落ち込んでたのに」

へへへと微笑む山多が可愛くて

「じゃあさ」

オレは自分のペンを鞄から取り出してクイッと捻って見せると山多に見せる
そして

首を捻る山多の肩を掴み、顎を引き上げると…唇をそっと合わせてキスを落とした

…ふんわりと触れるだけの可愛いキス

「ふ、伏見く、ん…?」

「今の意味分かる?」

「え?え?は?」

「ま、いいや分かんなくても…
…もう少しキスしたい」

「…え?は?…んっ…」

目をパチリ開けたままの山多の目を指で閉じて

「いいから目、瞑んなさいな」

小さな身体を抱き締めながら唇を味わい、唇を開いていくとゆっくりと舌を絡めていく

「ん…ん…ふぅ…」

絡める度に甘い声が出てきて…薄目を開けてみれば…色っぽい顔で必死でキスを受け止める山多が居て…

(可愛い…)

なんでコイツが暗幕なんて呼ばれてたのか疑問だ
小さな唇も可愛いし、何だか潤んだ瞳も可愛いし、バタバタした動きも可愛いし

(何だよ、いつの間にか可愛いとしか思えなくなってる…)

いつの間にかこの子に落ちてたみたいだ

「ヤバ…」

「え?」

身体をそっと離すと、はぁはぁと肩で息をする山多が不安そうにオレを見上げた

「おれ、お前の事好きになったみたい……だからさ、その可愛い顔を…ちゃんと見せて?」

「…は、はい」

こうして、オレは暗幕ハムスターにすっかり惚れてしまったわけで…

「そんで、オレの彼女になりなさい」

「えぇぇぇぇぇぇ!」

叫ぶ山多をもう一度抱き締めた

「フフフ、紅子…好き」

「わ、私も伏見くん…す、す、好きです」

躊躇いながらも山多は背中に手を回してきた……





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