Real Emotion
6涙をふいて前を向いて


彼の部屋のインターフォンを押すとすぐにドアが開いた。
「入って」と開けられたドアが閉まるより早く
攫われるように抱きしめられた。



「やだ!放して」



男性にしては少し小柄な彼だけれど、鍛えられている胸と腕は
少しくらい抗ってもびくともしない。



「茉莉子さ、拗ねてるんでしょ」
「は?」
「だから空港にも来なかったし、あんなメールも。そうなんでしょ?」
「違うわ。そんなんじゃない」
「結構可愛いトコ、あるじゃん」



そんな風に思われていたのか・・・とため息が出た。
今更そんな子供じみた駆け引きなどしようとは思わない。
篤との関係をあんなに考えて悩んだ事が全部虚しく思えてきた。



「ここんとこ、ご無沙汰だったしね。その分、今夜は可愛がってあげる」
「やめて。そんなんじゃないって言ってるでしょ」
「どうして?茉莉子だってそのつもりで来たんでしょ?」
「お願いだからもう黙って。これ以上私を幻滅させないで!」
「茉莉子?」
「私は話をする為に来たの。ちゃんと聞いて」

「わかった」


私の剣幕に気圧されたのか、篤は ふぅ と大きなため息を吐き出して
ベッドに腰を下ろし後ろ手で上体を支えた。


「で、何?」



大きな瞳で睨むように見据えられ、私は一瞬怯んでしまう。
抱えたバッグをぎゅっと抱きしめてその中の小さな紙片に 力を貸して、と祈った。



「もう終わりにしたい」
「終わりって?」
「だから・・・別れたい」
「どうして?」
「どうしてって」
「理由、あるでしょ?あるから別れたいんでしょ?」
「もう 疲れた」

「何それ?俺がいつ茉莉子を疲れさせるようなこと、した?
束縛もしないし、仕事にも口出ししないし、プライベートの邪魔もしていない。
結構理解あるイイ彼氏だと思うけど?何が不満なわけ?」



言葉の上っ面だけを聴けば、なるほど理解あるいい彼氏かもしれない。
でもその中に私に対する抑えきれない感情や熱情は感じられない。



「でも・・・私を愛してないから」
「はあ?もしかしてあのモデルのこと、まだ怒ってんの?」
「それだけじゃないわ。今まで何回同じことしたのよ?」
「だからそれはさ。全部遊びだって言ったじゃん」
「遊びだって言えば許されるとでも思ってるの?」
「え?違うの?」
「あっきれた!意味わかんない」
「他の女に本気になって茉莉子にキレられるのはアリだけどさ
お互いに割り切った後腐れのないその場限りの遊びだよ?怒ることないんじゃない?」
「じゃ私が同じことをしたら、どうなのよ?」
「茉莉子はしないでしょ。する必要もないし」
「必要がないってどういうこと?」

バカにしているのか、見下しているのか。
何かちょっと腹が立った私は なめんなよ!と心の中で毒づいた。

「だって茉莉子は有名人じゃないから」
「何その理屈」
「俺はさ、有名人だから周りがほっとかないワケよ。人気商売だしさ~
あんま無碍にできないでしょ。遊ぶのも仕事のうち、ってね」


俺の彼女ならさ、そのくらい理解してくれないと、と篤は片目を瞑った。


「そんなのできない。無理」


そんな都合のいい理屈を押し付けるな!と心の底から怒りが込み上げてきた。


「帰る」
「ちょ、待てよ」
「貴方は私じゃなくてもいいのよ!」
「何言ってんの?茉莉子は茉莉子だよ」
「それが嫌なの。私は私だけを愛してくれる人を愛したいの」


あの夜のあの人のように全身全霊で私に挑んできてくれる人を。


「茉莉子」


篤の声のトーンが変わったのが気になって私は振り返った。


「なに?」
「あのさ。もしかして 男、できた?」
「そんなわけ・・・あ!」



両方の手首を強く掴まれてベッドに薙ぎ倒され
圧し掛かってきた篤の身体に両手足の動きが封じられた。



「いいよ。隠さなくて」
「違う!」
「ねえ、茉莉子」
「なに?」
「その男とはもう寝たの?」
「・・・」
「寝たんでしょ?」
「・・・」
「どうだった?ソイツ」
「・・・」
「俺とどっちが好かった?」
「最低!」

「アンタもね」



篤は吐き捨てるように言うとあっさりと私の上から退き
隣のベッドに寝転がって「バイバイ」 と低く呟くと
もう用は無いとばかりに私に背を向けた。


そんな彼に さよなら、と小さく答えて私は急いで部屋を出た。



結局 篤は本当の恋をした事がないのだと思う。

夜も日も明けぬほど焦がれ、身を尽くして慕う。
熱病に浮かされたような虚ろな心地。
恋の病と称されるその熱い想いを彼はまだ知らない。
いつかその情熱の全てを注ぐ相手に出会った時、きっとわかる。
その相手が私でなかったのは残念だけれど・・・。


じわりと熱を持った目頭に滲む涙を振り切るようにアクセルを踏み込んで
自分の部屋に戻るなり、私は倒れこむように眠ってしまった。
別れの苦さよりも何か大きな仕事を終えたような安堵感と
圧し掛かってくるような疲労感しかなくて、とにかく眠りたかった。
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