お茶にしましょうか
楽器に感情があるものなのか、俺は知らないが、お互いを信頼しきっていると言うことなのだろう。

昨日の演奏を耳にして、非常に感服した。

あれは、もはや彼女の才能である。

選曲もなかなか、素敵なものであった。



「あの曲が、いつも練習していたものですか?」

「いいえ。一週間前に決めました。普段は、基礎練習ばかりですので」



一週間前に決定して、あの完成度なのか。

本当に彼女には、恐れ入る。

しつこい程に言っているが、俺は音楽について、何もわかりはしない。

しかし、彼女の技術の高さは、よくわかる。

感嘆のあまり唸っていると、彼女が不意にこの様なことを言った。



「私は、江波くんの真似をしてみました」

「…真似?俺の、ですか?」



俺は全く分からず、首をかしげた。



「ええ。選曲の仕方です。まずは、私一人しかいませんので、一人で出来る曲を。そして…
いつも他人想いな江波くんの真似をして、皆さんに楽しんでいただけるような曲を、私なりに考えたつもりでした。
が、また的外れでしたでしょうか…」

「そんなわけ、ないじゃないですか!」



思わず、感情が高ぶり、大きな声を出してしまった。

萩原さんを驚かせてしまったのではないか、と心配になった。

恐る恐る萩原さんに、焦点を合わせる。

彼女の瞳には、涙で少し潤んでいた。

これは、非常に申し訳ないことをしてしまった。



「す、すみません!」

「いえ、平気です。嬉しいのです」



そう言って、萩原さんの瞳から居たたまれなくなった涙たちが、次々に流れていく。

このような時、頭を少し撫でたりするべきなのだろうか。

いや、そのような行為、俺では力不足だ。
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