センチメンタル


 降りる駅が違うから、バイバイをしたのは電車の中だった。ただ手を振って別れた窓越しに、振り返った武田君は笑っていたような気がした。

 あの、ニッて表現したくなる笑顔を。

 結局一緒に行けなかった皆には遊園地のことを色々聞かれたけれど、私はとにかく乗り物に乗りまくって楽しかったとしか言わなかった。武田君もそうだったようだ。二人でベンチでたくさん話したなんてことは、彼も黙っていたらしい。そのまま帰るのはシャクだから、全部制覇しようとしたって言ったとアユミに聞いた。

 私は胸に小さなキラキラを抱えたままで今まで通りに過ごし、半年後、急な引っ越しで武田君が転校してしまったことを知ったのだ。



 今までずっと、忘れていた。


 だけど、ここにあった遊園地で過ごした数時間で学んだことは、たくさんあった。

 緊張すると水でも喉を通らなくなるんだってこととか、それまで知らなかった武田君の話す時の癖だとか。小さな話題を何とか盛り上げるために必要な必死さとか。

 風に揺れる園内の木々や花壇の花をみて、それが夕日を浴びている景色をみてハッとしたことも。

 色んな小さなことが、凄く大きな意味を持っているように思えたことも。

 男の子と笑って感じたふわふわした気持ちも。

 今はもう、あの時みたいな気持ちを味わうことはない。私は大人になってしまって、振り返ればはるか遠くに見えるような、あの時間。


 ベンチで話したのは、たったの3時間だった。


 何てことない、それから何かが発展したわけでもない、ほんの数時間。だけど私には、心の底で小さく光る、大切な記憶なのだ。

 思い出せて良かった。奥底に仕舞い込んだ宝物を見付けた気分だった。

 嬉しい、そして・・・ちょっと切ない。


 走る車の助手席で、私はもう存在しない遊園地に心の中で笑いかけていた。






「センチメンタル」終わり。
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