眼鏡をかけるのは、溺愛のサイン。


エレベーターを待つ人たちが、ただならぬ雰囲気を感じ取って、私と眞井さんだけを先に乗せてくれた。
 私はドアが閉まるまでずっとお辞儀して、泣きそうな顔を隠す。


「あの場で大声を出してすまない。ああいわなければ、君の会社に嘘を電話する人物が止めないと思った」

「いえ。褒められて嬉しかったです。とろいし落ち着きないし、本当に私、駄目ですので」

「――ダメなわけないだろう。俺は本当のことしか言わない」

きっと派遣先から眞井さんにもう伝わってしまったんだろう。
複雑そうな顔だ。眞井さんは何も悪くないのに。


「あと一か月ですが、よろしくお願いいたします」

「……」

眞井さんの眉間の皺が今まで見た中で一番深く刻まれた気がする。

「分かった。一か月だな」
 そして今まで一番冷たい言葉だった。

そんな声、表情、投げすてるような言葉、聞いたことがない。

一気に悲しくなって開いたエレベーターのドアが滲んだ。
まるで地獄の入口みたいな、死刑宣告された処刑人みたいで、怖かった。


眞井さんがエレベーターを降りたのに私は足がすくんで降りられなかった。

「――沢渡?」

私が動かないのにすぐに気づいてくれて振り返る。
けれど情けない顔を見られたくなくて、開閉ボタンを押した。

「紗良!」

呼び直してくれたその優しさが、私の隠していた気持ちを騒がせる。

あと一歩で閉まると思っていたそのドアに、眞井さんの大きな手が入り込むとこじ開ける。


「――泣くな」
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